第19話:累進課税兄さん

「本来はダンジョンからお戻りになったその足で、こちらにアイテムを持って来て頂いて、査定、換金という流れになります」


 佐藤さんはダンジョンから通じる自動ドアを指さし、その指を動線のように動かし、ギルド内の窓口に繋げる。そこには先程の中年女性が居た。ちなみにその他の人は居ない。このギルドの人員は佐藤さんと彼女だけ、ということなのか。


「それでは実際にやってみましょう。新田さん、お持ちの特上薬草をカウンターにお持ちください。1番窓口ですね」


 そこが査定受付、2番で会計、つまり査定に応じたお金を頂けるという形みたいだ。

 言われた通りに1番窓口に行くと、中年女性がカウンターの向こう側に着く。


「どうぞ~」


 この人も少し嬉しそう。これは……俺が本日初どころか、超しばらくぶりの探索者って感じだな。なるほど、これがオワコンダンジョン。


「査定お願いします」


「はい、承りまし……あ、忘れてました。あちらでタッチパネルを操作して番号札をお取りください。査定が終了しましたら、番号でお呼びします」


 入口近くに置かれた発券機のタッチパネルを操作する。いくつか項目があって、その中から査定申し込みのボタンを押した。発券口から、ジージーと音がして、1枚発券される。1番と書かれてる。だろうね。てか要らんくね、これ。職員ですら忘れてたくらいなんだし。


 多分、4年前にダンジョンが同時多発的に発生して、急遽、国が公金を投入して各ダンジョンの設備を整えたんだけど……その設備投資は一律だったんだろう。明らかにオワコンダンジョンには無用の長物だ。なんなら手渡しの札すら要らんだろう。


「番号札1番でお待ちの新田様~」


 早い。まあ1点だし、待ち1人だからな。


 2番の窓口へ。中年女性(名札を見れば堀川ほりかわさんと書いてある)も移動していて、そのまま担当してくれる。人気ダンジョンだと完全に分業になってて、窓口ごとに職員がついてるんだろうな。


「こちらの特上薬草、非常に状態も良く、満額での買取となります。金額の方、ご確認ください」


 買取査定票の一番下の方、金額欄を見て、息を飲んだ。

 700万円。目を疑って、一度擦って見直す。それでも、やはり700万円。


「あ……」


 そう言えば、鑑定で見た説明文には時価と書いてあったっけ。


「運が良かったですね。今現在、清掃関係のお仕事から探索者に転職される方が増加していまして、薬草全般の需要が高まっている時期ですからね」


 ああ、なるほど。初心者が怪我するってことか。しかしやっぱり俺以外にもワンチャン狙いで探索者って選択肢を取る人もかなり居るようだな。まあ潰しが効かねえもんな、清掃技術じゃ。


「で、実際のお支払い金額が、こちらとなります。控除として3割引かれた状態、490万円ですね」


 さっきの講習で聞いた通り、ダンジョン内で獲得したアイテムに関しては、先に税金天引きの形になっている。支払い金額に応じての累進課税となっているそうだ。少額の換金となると、もっと税率は低い。たぶん1日1万円くらいの稼ぎを1年続けると、普通のサラリーマンより税の支払いは安くなるハズ。これは探索者の数を確保するための優遇措置のようだ。まあ博打的投資ではあるけど、何か見つかった時の恩恵は国力に直結するレベルだからな。各国、似たような優遇制度は設けているらしい。


「こちらの金額で合意いただけましたら、署名欄にご署名、押印をお願いします」


 もちろん不満はなく、言われた通りにする。


「はい、ありがとうございます。お支払い方法は口座振り込みでよろしいですか?」


「え。あ、はい。それで」


 探索者登録する際に、そこら辺の情報も求められた。まあ今回のように高額だと振り込んでもらった方が色々と助かるしな。


「それではこれにて査定・買取の一連の流れは終わりです。ありがとうございました」


 2人ともホクホク顔。彼女らの査定もアップということだからな。


「新田さん、ダンジョンには潜って行かれないんですか?」


 堀川さんが、カウンター越しに訊ねてくる。

 まあ確かに今はまだ午前中だ。菜那ちゃんの迎えの時間まで一もぐり出来るくらいの余裕はあるな。


「1層はスライムしか出ませんから、あそこでレベルを2~3まで上げておくと今後の探索がスムーズになりますよ」


「それに、やはり生き物を殺めるという心理的な抵抗にも早めに慣れておく意味でも有用です」


 2人がかりで勧めてくる。よっぽど探索者がいねえんだな。


「そう、ですね。今日はゴルフクラブしか持ってませんが」


「スライム相手なら十分です」


「わ、わかりました。入っておきます」


 本当は既に殺生もやってるし、なんならレベルも3まで上がってる。けどまあ、ここで帰ると、今後もやっていく意思なしと見られるかも知れんし。


「ちなみになんですが、2層って」


「2層はゴブリンが出ますね。棍棒を持っているのでスライムより危険です。推奨レベルは3~4という感じです。まずは1層でレベルを上げて挑んで下さいね」


「はい。分かりました」


 俺はそれだけ告げると、外に出て準備。車のトランクからゴルフクラブを引っ張り出し、ギルドの横にあるダンジョンに目を向ける。ウチのと同じ構造で、地下へ階段が続いていて、下りて行くとダンジョンに繋がっているという。


「お気をつけて~」

「お気をつけて~」


 2人がハンカチを振りながら見送ってくれる。徴兵に送り出す家族みたいな。縁起でもないけど、優しさは感じる。

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