第18話:受講兄さん

 群馬第3ダンジョンは、山間の辺鄙な場所にあった。カーナビも匙を投げるほどのロケーションで(と言っても我が家から車で30分程度なんだけどね)、必然、地元民以外は辿り着くのも一苦労と思われる。


 交通の便の劣悪さに加え、このダンジョン独自のモンスターやアイテムが確認されていないため、わざわざここを根城に選ぶ探索者は少なく、常に閑古鳥が鳴いているらしい。オワコンダンジョンなどと揶揄する声もネット上では多く拾えた。


 人気のあるダンジョンの併設ギルドでは、毎日、探索者講習(修了で資格授与)が開かれているそうだが。この第3ダンジョンは当然、受講申込があった時のみ。つまり今日は俺一人のために開いてもらえるということ。


 現着、車を降りる。

 キンモクセイの鼻を刺すような甘い香りに出迎えられた。ガラガラの駐車場を囲むように植えられているみたいだ。少し歩くと、やがてギルドの玄関口が見えた。人がいる。中年女性が1人。もう少し若い30手前くらいの女性が1人。


「よくお越しくださいました。新田拓実さんですね?」


 まるで旅館の出迎えだ。苦笑しそうになるのを堪え、


「はい。本日はよろしくお願いします」


 と返した。


 建物内へといざなわれ、2階の大部屋へ通された。会議室のように長机が幾つも並んでいる。正面にはスクリーン。その脇に教壇のような机が置かれていている。案内してくれた女性職員(若い方)が机の上に書類を置いた。


「本日は講習会への参加、ありがとうございます。本日、講師をさせていただきます、職員の佐藤さとうと申します」


 簡単な挨拶の後、佐藤さんは机の上の書類の束から小冊子を取り出す。それを持って、俺が着席したテーブルまで来て渡してくれた。


「そちらの資料を使って、説明を進めさせていただきます」


 なんか若干嬉しそうなんだよな。もしかしなくても、講習やるの久しぶりなのか。限界集落に若い人が来たと喜ぶ年寄りと同じ心理なのか。

 会釈をすると、ますます嬉しそうな佐藤さん。丸顔に笑みが浮かんだ。











 まず始めに各種制度や、法律、税制などの説明があった。

 そこら辺が終わると、セレブレイトの説明や、スキルの例なんかも少しあった。冊子の最後の方のページに現在、公的機関が把握しているスキルの一覧が載っていた。これは有用だ。けど、流し見たところ、ダンジョン農園の文字はない。鑑定は見つけたが。


「それでは講習内容は以上となります。今から実際にダンジョンに入り、33・4%のセレブレイトがあるかどうかをチェックしましょう」


 まだ張り切ってる佐藤さんには悪いんだけど、


「えっと。それなんですけど……」


 俺は昨日までの怒涛の2日間をかいつまんで話す。庭にダンジョンが出来たこと。それは死にダンジョンだったが、入った時にセレブレイトは受けられたこと。そして運良く特上薬草を拾えたこと。その換金がしたくて来たこと。


「なるほど。じゃあスキルをお持ちなんですね?」


「はい。鑑定がありますね」


 もちろんダンジョン農園の方は黙っておく。現状、ギルド側に探索者のスキルを調査する能力はなく、基本的には各々の自己申告に任せている状態らしい。多分、いや間違いなく、俺以外にも素直に申告してない人間はチラホラいるだろうな。特に俺のスキルみたいに未発見のモノなら、開示はなおさら慎重になるのが必然。


 ネット上でもその可能性は示唆されていて、実際は未知のスキルが多く埋まってると言われてる。そしてその中には他人のスキルを見ることが出来る「鑑定・対人バージョン」のような物もあって、何だかんだ公的機関は秘匿分も概ね把握してるんじゃないか、とも。やや陰謀論めいてるけど、考えすぎと一笑に付すことも出来ない。そんくらいダンジョンやスキルってものが非常識だと、身を以って知ってるからな。


 まあでも自分からレアスキルっぽい物を持ってると吹聴するのも違うよね。特上薬草を不用意に見せた時の、あの嫌な視線と場の空気。同じ轍は踏みたくないものだ。


「なるほど、鑑定ですか。他のスキルも増えたら、個人裁量ですがギルドとしては報告いただけると助かります」


「はい。その際は」


 当たり障りなく。


「ちなみに新田さん、ウチのダンジョンの探索者になって下さったりは」


「ええ、やるならこちらかなと思ってます」


 ダンジョン農園が、ウチの庭の死にダンジョン以外でも発動できるのかとか試したい気持ちもあって、そのためには人に見られる可能性の低いダンジョンを選ぶ必要がある。それにもしかしたら菜那ちゃんも一緒に潜ることになるかも知れない。そうなった時、荒くれ者の男たちに彼女の存在を知られずに済むというメリットもある。


 俺の返答に佐藤さんは、パッと顔を輝かせ、


「是非是非、ご検討ください!」


 と力強くプッシュしてくる。そういや、ギルドごとの探索者登録数とか、その所属探索者のランクとかが、ギルド職員の査定にも影響を与えるって話だったな。ネットで拾った情報だったけど、この様子だと真実のようだ。


「ちなみに……俺以外の探索者って」


「……」


 ゼロじゃないよね? 流石にゼロじゃないよね?


「そう言えば換金アイテムもお持ちでしたね。1階の買い取りカウンターに参りましょう。説明がてら実際に換金してみましょう」


 誤魔化されたな、これは。まあ換金もしたかったから、良いんだけどさ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る