第17話:決心兄さん
階段をコツコツと降りていく。両側の壁に、等間隔に設置された灯り。やっぱり謎だよな。どういう原理で光ってるんだか。というか死にダンジョンのハズなのに、灯りだけは生きてるのも不思議な話だ。
「クロノスはやはり出てこないですね」
「ランダムボスだった、という認識で良さそうだね」
そこはまずホッとする。
「階段の下が見えてきました」
「昨日のままだと、進化スライムが守ってた金ピカの扉があるハズなんだが……」
降り立つ。扉は影も形もなく、ただ
「壁のどこかに隠し通路があったりも……」
菜那ちゃんが岩肌に手を当てるが、シンとしたもの。彼女の声もこもって響き、俺たち以外の生命の気配はない。
俺は用心に持ってきていた例のゴルフクラブで、壁を軽くコンコンとやる。奥に空洞のありそうな乾いた音がしないか、と。グルッと一周、試してみたけど……
「なんも」
「なさそうですね」
これは確かに死にダンジョンと言われても納得だ。ただの洞穴と差異が見受けられない。
「どういうことなんでしょうね? 本当に私の夜間活性化説が正しかったりして」
少しお茶目な言い方。危険がないと分かり、俺も彼女も緊張の糸が緩んでいた。
「しかし不思議だよなあ。絶対、昨夜はダンジョンがあったのに」
「……もしかしたら」
「ん?」
菜那ちゃんが顎に手を当てながら、真剣な表情で洞床を見つめていた。
「出来たダンジョン自体は本当に死にダンジョンで、兄さんのダンジョン農園が入れ子構造のように、その中に展開されたっていう線はどうでしょう」
「えっと」
「つまり私たちが転落したのは、間違いなくこの死にダンジョン。生成された時点で死んでるっていうのも悲しい話ですが。まあ今は置いておきましょう。そしてこの洞床」
菜那ちゃんが地面を軽く爪先で蹴る。
「ここに激突する前に、兄さんのダンジョン農園が展開。その中に落ちた、という形です」
「あー、なるほど。確かに、亜空間に存在するみたいな説明文だったもんな。実際の質量とかは……考えるだけ無駄か」
明らかにダンジョン農園の方が、この死にダンジョンの床面積より広いけど、中にすっぽり収まってしまったというより、落下途中で亜空間へ切り替わったという考え方の方が適当か。
「じゃあ……あれか。今、ダンジョン農園を展開したら、そっちに繋がるのかな」
「そう、なるんでしょうね」
「……」
「……」
「やってみる?」
「また落下とかないですよね?」
「あれは落下中に発動したから、だと思いたい」
ただまあ確証あっての話ではない。
「パラシュートとか、民間人が買えるモンなんかな。いけるなら、用意しておきたいよね。念のため」
「そうですね。まあ何にせよ、今はやめておきましょう。パラシュートもそうですけど、他の装備ももっとマトモなのを用意してからの方が良いかと」
俺たちは連れ立って階段を上がる。西日がダイレクトで眩しいが、上を見ないワケにもいかない。
「……っ!?」
一瞬、黒い影が逆光の中に浮かんだ気がした。何度も瞬きをする。するとその影は消えていた。見間違い、だろうか。クロノスの件で過敏になってるだけか?
「……」
菜那ちゃんも何も言わないし、気のせいという線の方が濃そうだ。
地上に着く。
「まあ取り敢えず、明日はあの特上薬草を換金に行こうかな」
「そうですね。持ってても無用心ですし。換金して銀行に預けるか、積み立てるか」
「昨日まで詰みたて兄さんだった俺が、積み立てかあ」
出世しましたね、と妹が笑う。やはり何事にもカネが物を言う。お互い、昨日の悲壮感が少し和らいでいた。
「やっぱり……ドロップ率が低いにしても、あのスライムは魅力的ですよね」
リスクとしては……下手打つと殴られるか、服を芸能界みたいに変えられるか。その程度だ。破格と言える。
「そうだね。最悪でも、もう一度はチャレンジしたいよね。正直なところ、再就職も難航しそうだしさ」
それに、口には出さないけど、今の時代の労働者は全員、明日も自分の仕事があるかどうかという不安を常に抱えて生きている。ダンジョンからの掘り出し物いかんで、簡単に振り回されてしまうからだ。
「お金はあればあるだけ、ありがたいですもんね」
菜那ちゃんも同調してくれる。俺の世代でも大変なんだ。彼女が就職する時、果たして仕事はあるんだろうか。そんなことまで考えてしまえば、この子の分も稼いであげたい、となるのは当然。なおさら600万円チャンスが魅力的に思えてならないのだ。
「決まりだね。どうせ探索者登録はしないと、ダンジョンアイテムも売買できないって話だし……なってくるよ。探索者ってヤツに」
本格的に潜っていくのか、あのスライムのドロップ狙いで潜るだけか。まだ具体的には決めてないけど……とにかく、無職の肩書は捨てられそうだった。
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