第16話:1等前後賞兄さん

 妹を迎えに行く。今日は生徒会はないらしいので、15時すぎだった。着いた頃には既に校門前で待っていて、手鏡片手に髪を弄っている。あとは俺としか会わないんだから、そんな身だしなみ整えても仕方ないだろうに。もちろん口には出さないけど。


「おかえり」


「ただいま。どうでした? ダンジョン」


 彼女にしては珍しく挨拶もそぞろ。気持ちが急いてる感じだ。


「それがねえ……」


 ハザードランプを消して、ウィンカーを右に出しながら。


「死にダンジョンなんだって」


「え?」


 俺は今朝聞いた通りの話を菜那ちゃんにも聞かせる。


「……解せない、ですね」


 全て聞き終えた菜那ちゃんの第一声はそれだった。俺も同意なので深く頷く。


「もう一度、潜り直してみようかな、とは思ってる」


「それは……」


 クロノスは調査隊とは遭遇してない。ただそれで直ちに、ヤツがどこかへ行ったという結論にはならない。


「私も休み時間なんかに調べてみたんですが」


 そう言いながらスマホを取り出す。ブックマークでもしてるんだろう。画面を見ながら読み上げてくれる。


「ダンジョンにはランダムボスという存在が確認されている。通常のモンスターより明らかに強力な個体であることが多く、対峙したSランク探索者が大怪我を負って帰還したという例も報告されている」


 ランダムボス……なるほど。


「出現階層などは完全にランダムのようで、低層でも目撃情報がある。ただ実はランダムではなく法則があるという者もいるが、それらモンスターの出現率自体が非常に低く、サンプル数の不足により、信憑性のある仮説は導き出せていない状態だ」


 もしかしてランダムではなく、ヤツらなりの法則があるのかも知れないけど、検証は困難。よって現状はランダムと仮定しているってことか。


「ちなみにランダムボスに遭遇する確率は、宝くじの1等前後賞に当選する確率より低いとされている」


「うわあ、じゃあ俺たち、変な運の使い方しちまったのか。まあクロノスがランダムボスであるという前提だけど」


「けどそれしか考えられないですけどね。明らかにイレギュラーな感じでしたから」


「うん、まあね。俺も調べたんだけど、出口の階段まで追いかけてくるモンスターは基本的には居ないそうだ。そこは安地あんちってのが通説だし、ヤバイと思ったら階段まで退却して態勢を立て直せと、虎の巻的なサイトにも書かれてた」


 なのにアイツは階段の上の方まで来ていた。どう考えても特殊個体のボスと見るのが妥当だよな。


「ていうか、よく考えたらさ。階段は霊的なバリアがあるから近寄れないって話ならさ。そこ上れる以上、その気になれば出口すら」


 あのクロノスは突破できるのでは、という。


「我が家も安全ではない、ですか?」


 菜那ちゃんの瞳が不安げに揺れる。ああ、しまった。考察モードのまま、思った仮説をペラペラと。


「あ、あくまで仮説だからね。モンスターがダンジョンの外に出た例なんて世界中どこにも無いから」


 現状は、だけど。なにせ新たな発見が連日連夜あがってくるような、摩訶不思議ワールドなんだから、この先も無いなんて保証は誰にもできない。


「……と、取り敢えず。クロノスとまた遭遇する確率なんて天文学的数字らしいし、さ。ちょっと怖いけど、もう1回潜ってみるよ」


「兄さん?」


「ん?」


「なんか自分だけ潜るみたいな言い方ですけど、私も行きますからね?」


「……」


「兄さん。仮にまた進化スライムに当たったとして、一人では倒せないでしょう?」


 それはそうなんだけど。


「全身の服を小林〇子さんにされて帰ってこられても」


 ああ、それは俺も嫌だわ。


「それに調査隊の話が本当なら、ウチのダンジョン、普通じゃないかも知れません。例えば日中は死んだように何も出なくて、夜だけ活発化するとか」


「そんなダンジョン、あるの?」


「分かりません。調べた限りはありませんでしたけど。でも昨夜、確かにモンスターもアイテムも存在したのは、この目で確認してる以上、新種のダンジョンという可能性も考慮しておかないと」


「そ、そうかも知れないね」


「そうなると何か通常とは違うことが起こるかも知れません。昨日とは別の階層に繋がったり、とか。そうなると私の幸運スキルはあった方が良いかと」


「確かに」


「と言うか、一蓮托生ですよ、もう。どうせ私、兄さんナシで生きていくなんて……出来ませんから」


「菜那ちゃん……」


 俺が死んだ後、高校を辞めて働く。だけど、どんどん仕事が減っていってる世の中で、中卒の女の子が出来ることなんて……確かにそれは超ハード、ナイトメアモードかも知れない。それでも死ぬよりは、と考えてしまうのは、俺のワガママか。


「まあ調査隊が事実無根の報告をするワケないですから、たぶん本当に、少なくとも今は死にダンジョンなんだと思います。それを確認するだけなら、危険は少ないでしょう?」


 諭すような声音。

 話し込んでる間に、もう我が家のすぐ傍まで戻って来ていた。


「……分かった。一緒に入ろう。何かあったらすぐ階段で」


「はい!」


 嬉しそうに声を弾ませる菜那ちゃんを横目に、ハンドルを切って、車庫に向かう。


 俺にもっと力があればな。財力でも、戦闘力でも。そんな詮無いことを考えてしまった。

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