第15話:演技派兄さん

「というか兄さん。もしかしたら、あの黒マントのモンスターがまた出てくるかも知れませんよ? あれ多分すごく強いですよね?」


「ああ、うん」


 俺は菜那ちゃんに、鑑定結果をシェアする。とは言え、外に出ると画面の現物は見れないので、記憶頼りだが。


「時の守神クロノス。レベル999ですか」


「うん。その他の情報は読めなかった。恐らくプロテクトされてるんだろうね」


 言いながら気付いたけど、俺と相手のレベル差を考えれば全部プロテクトするのも出来そうな感じはあるけど……もしかすると意図的に名前とレベルだけ読み取らせた、とか。


「600万円は魅力ですが、レアドロップと思しき物のために入るのは危険、と言わざるを得ませんね」


 またクロノスと遭遇してしまって、今度は敵意満々だったら、まあ万に一つも生き残れないだろうからな。俺のクラブの振り下ろしをどうやって避けたのか、今でも皆目見当もつかないし。


「ただ同時に、何と言うか、言語化が難しいのですが、あのモンスターからは……いえ、やめましょう。希望的観測に過ぎません」


 言いたい事は何となく分かる。俺にも何故か、あのクロノスが悪いモンスターには思えなかったというか。いや、モンスターに善悪を云々するのは、それ自体ナンセンスな気もするけど。


「取り敢えず通報して、中を調査してもらった方が良いか」


「そうですね、専門家に任せた方が良いでしょうね」


 その時にクロノスが牙を剥くようだと、入れたモンじゃないんだろうが。って考えると、まるで調査に来てくれる人を実験台にするみたいで気が引けるな。まあでも菜那ちゃんの言うように専門家なんだし、ヤバかったら逃げる術くらいは持ってるだろう。


「っくちゅ」


 菜那ちゃんが可愛いクシャミをした。


「ごめん。外で長話してしまったね。家に入ろう」


 彼女の背に手を回しかけて……やめた。所在なく鼻を掻く。そしてそのまま先導するようにベランダから室内に入った。











 ダンジョン調査。

 主に、新しく発生したダンジョンの地形や生息モンスター、ドロップアイテムなどを調査し、ダンジョンの価値や攻略難易度を定める目的で行われる。管轄はダンジョン省。実務は近郊のダンジョンギルド内での募集ならびに声掛けで集められた探索者の集団が担うのが通例。


 と、いうことで。俺は現在、その調査隊の帰りを、オレンジジュースを飲みながら待っている。ちなみに菜那ちゃんは学校だ。立ち会いなど、無職の俺が1人いれば十分なのだ。無職……か。調査隊の人たちも、平日の昼間から家にいる俺をどう思ったかな、なんて考えてしまうよね。生まれて初めて無職という立場になったけど、これは噂に聞く通り、卑屈になるわ。


「お」


 先頭の人が出てきた。昼の太陽の下でも、ヘッドライトの光が眩しくて、手庇を作って確認する。怪我とかはしてなさそう。ホッとする。

 そこから続々と隊員が出てくる。みな一様に浮かない顔をしている。


 やがて軒下までやってきた皆さん。隊長格のオジサンが俺の顔を見るなり、少し目を伏せた。


「残念ですが、このダンジョンは死んでますね」


「え?」


「たまにあるんですが、ダンジョンも死ぬんですよ。内部の魔力が枯渇することで起こる、というのが有力説です」


「死んでるダンジョンというのは、具体的には?」


「モンスターもアイテムも出ない、ただ不可思議なだけの空間。まあ天然記念物に指定されてない鍾乳洞みたいなモンですわ」


 隊長の後ろ、30代くらいの男性がやや砕けた調子で言った。


「つまり価値がないと申しますか、行政としましても、こちらの管理は致しかねますし、攻略ダンジョンとしても登録は出来ません」


 最後にスーツにヘルメットの役人さんが、そう締め括った。

 即ち、不労所得は夢と潰えた、という事だが。いや、けど。俺たちは昨夜、モンスターと戦って……あ、そうだ!


「ちょ、ちょっと待っててください」


 そう言い残して、2階に上がり、自室から例の特上薬草を持ってくる。


「こ、これ!」


 俺はつい、不労所得への未練からそれを見せたが、


「……特上薬草」


「これ、一体どこで?」


 隊長の目がスッと細くなり、他の連中の顔からも愛想笑いが消えたのを見て、自身の失着に気付いた。言い方は悪いが、探索者なんてやってる人間は一皮むけば獣。金の匂いを嗅げば、文字通り目の色が変わるらしい。やってしまった。せめて役人にだけ見せるべきだった。


「あ、えーっと」


 正直に言ってはダメだ。直感が告げている。


「巻き込まれて戻ってくる時に、出口の辺りで拾ったんです。こ、これって落としたモンスターが居るって事なんじゃないですか?」


 拾った、だけには留めず、未だ不労所得に未練タラタラな俗物を演じる。それが功を奏したのかどうかは分からないけど、


「いえ。アレは間違いなく死にダンジョンですね。恐らくですが、それは偶然に落ちていた物かと。再現性というか、それを落とすモンスターがあそこに生息している可能性はゼロです」


 いや、居るんだけどね。ホント、一体どうなってるんだろう。ただこの場で彼らに、これ以上の情報は渡したくなかった。ちなみに俺がダンジョン生成に巻き込まれたことは話してあるが、それ以上は伝えていなかった。もう少し詳しく話すべきか迷ったものだけど、黙ってて正解だ。


「そうですかぁ。じゃあこの薬草はボーナスのような物と思うことにします」


 おどけたように言う。男たちの様子を観察するが、流石に強奪してまでという剣呑さは感じない。あくまでダンジョン内で再現性があるのなら、挑みたいと思ってたという辺りか。


「それでは、我々はこれで。あ、そうだ。ダンジョン内のアイテムを売るにも、探索者の資格が必要ですので、お時間ある時に、お近くのダンジョンギルドにお越しください」


 役人さんが最後にそう言って、調査隊は帰って行った。 

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