第14話:九死に一生兄さん

 1つ息を吐いて、覚悟を固めた。モンスターがダンジョンの外に出て来たという事例は聞いたことがない。即ち、この階段を上りきり、外に脱出さえすれば、追っては来れないということ。


「菜那ちゃん」


「ダメです」


 流石に兄妹。俺の覚悟は既に伝わっているみたいだ。


「俺が囮になる。その隙に全力で階段を上って」


「ダメです!!」

 

 強い口調で遮られる。

 俺はその大声が例のモンスター(クロノスと言ったか)を刺激しないかヒヤヒヤする。だが、ソレは俺たちをジッと見上げているだけ。いや、正確には……俺を見てる気がする。そして、やおらマントから出した両手で面の上から顔を覆った。


「人の……手」


 にしか見えない。白く細長い指。女性の手にも思えた。やや暗く、距離もあるので正確には分からないけど。

 そしてクロノスは再び手をどけると、またジッと俺を見上げる。


「なにか、あまり」


「うん。敵意のようなものは感じないね」


 クラブで殴りかかられたら、仮に温厚なモンスターでも、もう少し怒りが滲みそうなものだけど。


「……」


 そして、クロノスはタンと階段を蹴った。背中から真っすぐ下に落ちていく。


「え!?」


「な!?」


 そのまま姿が見えなくなった。耳を澄ませるが一向に音がしない。着地も衝突もしてないっぽい。


「消えた……?」


 ということになるのか。少しの間、2人で顔を見合わせて、


「いや。とにかく今は地上に出よう」


 クロノスがまた気紛れを起こして、やっぱ殺そうと戻ってくる可能性だってゼロじゃないんだ。さっさと安全圏に逃げて、考えるのはその後だ。

 俺たちは今度こそ全力ダッシュで階段を駆けあがった。そして遂に、


「地上……つ、ついた」


「はあ、はあ。はい」


 息を切らしながら、兄妹2人、土の上にへたり込む。周囲を見回すと、どうも我が家の庭のようだ。ただ不思議なことに、地割れの痕跡すらなく、昨日までと全く変わらない様子だった。キツネにつままれたよう、とはこの事だ。


「夢や幻覚を見ていたなんてオチは……」


 菜那ちゃんが呟くように言うが、俺はポケットに手を突っ込み、金色に輝く薬草を取り出した。宵闇にあってなお、キラキラと発光し続けている。菜那ちゃんもまた、カーディガンのポケットに手を入れる。中から真っ二つになったエメラルドグリーンのコアが出てきた。


「スキルは……」


 念じてみても使えない。ダンジョン内のスキルは現実世界では使えないというのが法則だ。


「兄さん、見て下さい」


「ん?」


 家の方を指した菜那ちゃん。明かりが点いたままなので中の様子がよく見えた。やはり普段通り。あれだけの揺れがあったにも関わらず、食卓の上のコーヒーカップすら倒れてない。


「ダンジョン生成……物理法則すら無視なのか」


「みたいですね。庭も本当に何事もなかったかのようですからね……」


 もう一度、庭の方を振り返った菜那ちゃんの横顔がわずかに曇る。

 視線の先、上ってきた地下階段はまだそこにあった。


「アレ……本当にさっきの黒マントのモンスターは上がって来れないんですよね?」


 普通に階段がそのまま見えてる状態だから怖いよね。何か物理というより霊的な結界に近い線引きがある、と信じたい。


「というか、アレが残るということは、本当にダンジョン自体はウチの庭に出来たって事だよなあ」


 改めて、その事実にどう感情を処理して良いやら。


「こういう場合ってダンジョン省、でしたよね?」


「うん、確か」


 ウチみたいに、民間の私有地にダンジョンが発生したケースも幾つか聞いたことがある。最初は相当揉めて、各国、裁判沙汰になったらしいが。


「基本的には国でなく、土地所有者の物、という扱いになるそうですね」


 菜那ちゃんの言う通りなんだけど、実質は個人で扱いきれる物ではなく、国に管理を委託する形で折半のようになるとは何かの記事で見た憶えがある。


 実際、未知の素材なんか見つかった日には、探索者が大挙して押し寄せるだろう。そうなった時、交通整備は? 素材の取り合いによって敷地内でケガ人でも出たら? なんて考え出すと、行政に管理してもらって、貸借金を不労所得で貰った方が楽という考え方だ。


「通報の義務ってあったっけ?」


「どう……でしたかね。通報しない気なんですか?」


「いやさ、正直。あの進化スライムで600万が手に入るなら」


 公にする前に、あと100体くらい倒したい。確かにパンチを喰らうと痛いけど……逆に言うとそれだけだ。ハッキリ言って、あの程度のリスクで600万円の期待値は旨すぎる。


「確定とは限りませんけどね。と言うか、兄さんの鑑定だと確かドロップアイテムはコアだけ、なんでしたよね?」


「ああ、うん」


「なら寧ろ、その特上薬草の方がイレギュラーでは?」


 ああ、なるほど。それはそうかも。たまたま、あの個体が薬草を体内に取り込んでいて、それが進化した物をドロップした。その可能性の方が高いのか。少なくとも確定ドロップなら、コアと一緒に記載されてるハズ。


「そんな旨い話はないってことか」


 或いは菜那ちゃんのエンジェルラックの効果かも知れないけど。それを言い出すと、彼女をまたあのダンジョンに連れていく事になりかねない。それはチョット、兄としては即断できかねた。


 

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