第12話:腹パン兄さん

 俺が進化スライムの能力を伝えると、菜那ちゃんも「なるほど」と呟いた。そして自分の持つゴルフクラブを見やり、


「確かに。私のも3番アイアンから5番アイアンに進化してますね」


 それは言うほど進化か? 飛距離によって使い分けるだけで、ゴルフクラブに上とか下とかないと思うんだけどな。


「まあ人体に影響ないのは助かるけど……」


「どうしましょうかね。なんか弾かれちゃったんですよね」


「みたいだね。どんな感触だったの?」


「イメージとしては水の中で金属にぶつかったような」


「あー。そういえばゴンって小さく聞こえた気がする」


「もしかして硬化とか、そういう能力も持ってるのかも知れませんね」


 それは中々に厄介そうだ。


「……それと」


「うん」


「一定以上はあの扉から離れないようですね」


 そう、スライムはある程度の所まで追ってきたけど、その後はむしろジリジリ下がり、扉の前に陣取った。


「これはますます怪しいよね」


「はい」


 これで扉の先が罠だったら相当な策士だけど、まあ無いだろう。


「作戦としては……二方向から叩くというのはどうだろう」


 菜那ちゃんが目顔で、続きを促してくる。


「さっき菜那ちゃんがアイアンで叩いた時、俺の方の拘束というか、濃度というか、明らかに下がったんだよね」


「なるほど。あの体を固めるには体内の流動体を寄せ集めているという仮説ですか」


「うん。だからどこかを固めると、他が手薄になるのでは、と」


 仮説ではあるが、割と自信がある。


「分かりました。それじゃあ、左右から攻めましょうか」


「うん。俺が向かって左から」


 二手に別れ、ジリジリ距離を詰めていく。そして残り数歩を一気に駆け、勢いそのままにクラブを振った。


 ――ガキン!!


 やはり金属を殴ったような感触と音。けどこれで大分こっちに濃度が来たハズ。菜那ちゃんの攻撃が通りやすくなった。だが。


「兄さん! 気を付けて!!」


 ヘッドを弾かれ、少し上体が持ち上がっている俺。菜那ちゃんの注意を聞くに、スライムが何かしようとしてるんだろうけど……幸子さんみたいな袖が視界を遮っている。慌てて左腕を下げようとしたその時、


 ドスンと体の奥まで響く衝撃。腹に何か硬い物がぶつかり、いや、めり込んでいる。


「がはっ!」


 口から盛大に息が漏れた。転がるように後ろに下がる。ようやく俺に攻撃した物の正体が見えた。


 拳。流動体を固め、細長い腕と、先端にグーを作ったらしい。


「げほっげほっ!」


 胃から酸っぱい物がこみ上げてくる。夕食のミートソースパスタの酸味も混じってるかも。


「兄さん!」


 菜那ちゃんが逆サイドからクラブを思い切り振り下ろした。 

 スライムの体内へ、かなり沈んだみたいだけど、またもゴンと弾かれていた。


 後ろから見てて気付く。俺を殴った後、硬化を解き、今度はすかさず菜那ちゃん側の内部(コアの手前だろう)を硬化、弾き返したみたいだ。


 マズイ。このパターンだと拳を組成してしまう。妹が俺と同じように殴られる。その場面を想像しただけで、体が独りでに動いた。


「させるかあ!」


 痛む腹を無視して、クラブを振った。縦に振れるほどは上体を上げられなかったので、無理くり横薙ぎに。すると水を叩いたように、簡単にスライムの体の一部が弾け飛んだ。まさに飛び散ったゼリーのような有様で。


「兄さん! ありがとうございます!」


 菜那ちゃんも距離を取れたようだ。そして飛んで行ったスライムの体の一部を見やる。完全に死に体となったワケではなく、本体に合流するべくウネウネと動き始めている。だけど、その動きはやはり本体と同じく鈍重。


「これ、イケるかも知れませんね!」


「うん。作戦を削りに変更だな」


 合流される前に、全て削り取ってしまえば、コアが剥き出しになる。


「俺が囮で」


「私が反対側から削り」


 言いながら、もう既に実行し始めていた。振り下ろした俺のクラブが弾かれる。スライムが拳を生成。手薄になったところを反対側から菜那ちゃんが横払いで体積を削る。


「イケます。合流の前に削り切れる!」


「うん!」


 あとは繰り返し。餅つきのような一連の動作。阿吽の呼吸で以って、みるみるスライムの体を削っていく。

 5分くらい戦っただろうか。もう既にスライムは俺の攻撃を凌ぐだけで手一杯。拳を出そうとしたが、腕の長さがなく、体の表面に小さなコブが出来たのみ。


「ラストです!!」


 そして菜那ちゃんの宣言が高らかに響く。5番アイアンの銀の煌めき。それが縦に振られ、


 ――パキン!!


 良い音がした。グラスの中で氷が躍ったような。

 そして、進化スライムの体が液状化し、草地の上に広がった。


「や、やりました……」


「うん。ナイススイング」


 その場にへたり込んだ菜那ちゃんに労いの言葉を掛けたと同時。


『オモシロ袖のレベルが2→3になりました』


 レベルアップのナビが脳内に響く。服のことはイジるな。


 菜那ちゃんもレベルアップしたみたいで、指先で虚空を叩いている。ステータス画面を開いてるんだろう。俺の方は今回は新規スキルも覚えなかったし、既存スキルのレベルアップもなしだった。残念。まあでも、ボスっぽいスライムを倒せたし、良しとしよう。


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