第10話:初陣兄さん
ダンジョンの中は、少し汗ばむくらいの気温だった。外(俺たちがいた日本国)は今は秋の夜のハズだけど、時間軸が違うんだろうか。
フワフワした芝を踏みながら、数歩進む。周囲への警戒も忘れずに。一旦、立ち止まり、首だけで後ろを振り返る。菜那ちゃんもついてきていた。
そしてその奥、まだ勝手口も見える。もしかしたら消えてしまうかもと危惧してたけど、杞憂だったようだ。いよいよヤバくなったら駆け込んで、あの通路まで撤退しよう。
「大丈夫?」
「はい。平気です」
と言いながらもクラブを握る手が、力の入りすぎで少し白くなってる。まあ俺も似たようなモンかも知れないけど。
と。前を向き直して気付いた。
スライムが近づいてきていた。どうやら俺たちに気付いて、移動を始めていたようだ。何もない平原だから、少し遠近感を見誤った。もう少し距離がある気でいたもんだから、覚悟が半煮えだ。
胸に手を当て、大きく深呼吸して。こちらからも慎重に近付いていく。
「兄さん」
「菜那ちゃんは離れてて」
それだけ言い残し、ジリジリと進む。この歩速でも、スライムの方が遅い。巷で言われている通り、かなりトロいらしい。
そして遂にクラブの射程範囲に、スライムが入った。
「……っ!!」
何か気合いの掛け声を出そうと、直前まで思ってたハズだけど、いざとなると無言で振るっていた。
振り下ろしたクラブのヘッドが、スライムのゼリー状の肉体にめり込む。嫌な感触だ。そしてその勢いのまま、体の中央、スライムのコアに到達。パキンと小さな音がした。
ドローッとスライムの体が溶け出す。材料の配分をミスったゼラチンのよう。真っ二つに割れたコアが草地に転々と。
「……ふう」
田舎住みだから、虫は今でもしょっちゅう殺すけど。それとはまた少し違う感情が湧く。虫よりも大きい生物だからか、ゴルフクラブなんて立派な武器を振るったせいか、はたまた単に慣れないだけか。
「……お疲れ様です」
菜那ちゃんが労ってくれた。
「まだ結構いるのかな?」
「見える限りは、3体です」
「よし、じゃあ取り敢えず、近場のヤツらを倒して、出口を探そう」
「はい」
その後は、やっぱり感触がアレだけど、心の方はそこそこ慣れてきた。人間の適応力は凄い。ちなみに菜那ちゃんも1体倒した。もしかしたら俺より平静だったかも。
全部倒したところで嬉しいお知らせ。例のナビの声が、頭の中に直接響いた。
『新田拓実のレベルが1→2になりました(笑)』
何が可笑しいんだよ。喜ばしい事だろうが。
『スキル:鑑定を獲得しました。ステータス画面を開けるようになりました。ステータスオープンと高らかに宣言すると、目の前に表示されます』
はずいな。割と。
「兄さん、兄さん。私、レベルアップしました!」
嬉しそうにピョンピョンしながら、小さく拳を振っている菜那ちゃん。ちっちゃい子みたいだ。
「俺もしたよ。新しいスキルも貰えた」
「ん? よく考えたら、兄さんが3体、私が1体……それで同時にレベルアップですか?」
言われてみれば。
「初期から持ってる経験値が違うとか、今の1体だけ経験値が多かったとか」
可能性を探りながら、本当に丸っきりゲームの世界だな、と思った。
「或いは、パーティー扱いで、メンバー全員に均等割りされてるとかも考えられますね」
「ここら辺は帰って調べれば出てきそうだね」
俺たちが知ってるのは、ダンジョンの常識的な部分、触りの部分だけだ。こういう突っ込んだのは、専門板とかで調べないと。
「取り敢えず、まあ。スキルの確認をしようかな……ステータスオープン!」
高らかに宣言すると、目の前にAR表示のような半透明の画面が現れた。うお、すげえ。何のデバイスもないんだけど、こんな事が可能なのか。
っとと。こういう考察系は後回しにしようと決めたじゃないか。気を取り直して改めて画面の情報に視線を走らせる。
====================
名前:
職業:無職
レベル:2
スキル:ダンジョン農園LV1
鑑定LV1
備考:無職
====================
という感じになっている。
てか無職煽りやめろ。割と傷つくんだよ。
「に、兄さん?」
と、そこで。菜那ちゃんがおずおずといった感じで声をかけてくる。どうしたのと目で訊ねると、
「そんな掛け声なくても、普通にステータス画面は開けますよ?」
「……マジですか?」
コクンと頷く妹。
「たばかられた。ていうかナビの声が騙してくるとか、そんなんアリなん?」
「例の天の声に言われたんですか? 私は心の中で念じて下さいと案内されましたが」
ステータス閉じろ。と念じる。ステータス画面が消えた。ステータス開けろ。と念じる。普通に開いた。
「……」
キレそう。
「兄さん、ひょっとして先程の扉の前のナビゲーターに喧嘩売ってしまったのが響いてるのでは」
「え」
「ナビは個体というより集合意識みたいな」
「あー」
あり得るかも。今さっき聞いた天の声は女性の声、扉の前のは男性の声だったけど、どっちも機械音声みたいだったからな。
「おーい、悪かったよ。謝るから。ていうか、地味な嫌がらせはまだしも、命に関わるようなのは止めてくれよ?」
『……』
うーん。前途多難だな、これ。
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