第9話:キレられ兄さん

 石畳の通路は、なぜか両側の壁に裸電球が等間隔で設置されていて、農園と同じく薄オレンジの光を放っていた。これも気になるけど、なんだと思うことにする。


 モンスターには遭遇しないまま、ひたすら真っすぐに進むことが出来ていた。

 通路の先、大きな扉が見える。歩き始めた時から見えてたけど、近づくにつれ、その大きさに圧倒される。大聖堂の入り口かなってレベルだ。


「あれ、鍵が掛かってなかったとして、開けられるでしょうか?」


「いや、無理だと思うよ。大の男が数人がかりとかのレベルだと思う」


 うわ。自分で言ってて、だいぶヤバい事に気付いた。あの扉の向こうが出口だとしたら……


「と、とにかく行ってみましょう」


 菜那ちゃんも同じ事を考えてしまったらしく、不安げに急かした。

 更に2分くらい歩いたか。いよいよ門の前に到着した。そこで菜那ちゃんと顔を見合わせる。どうしようか、と。その時、


『汝ら、この先に行くことを望むか?』


 どこからともなく、低い声が聞こえた。遊園地のアトラクション内で響くナレーションを彷彿とさせる。


「あなたは?」


『汝ら、この先に行くことを望むか?』


 菜那ちゃんの質問には答えず、同じ言葉を繰り返した。或いはそれしか話せないのかも知れない。


「ポンコツなプログラムみたいだね」


 無視された菜那ちゃんを慰めるように声を掛けると、


『誰がポンコツだ! 殺すぞ、ガキが!!』


 バチギレられた。自由に喋れんのかよ。


「……」


「……」


『……』


 だいぶ気まずくなるよな、そりゃ。


『汝ら、この先に行くことを望むか?』


 何事もなかったていで押しきる気らしい。


「この先はダンジョンなんですか?」


『然り。ダンジョンが広がっている』


 ということは。まだダンジョンには入ってなかったって事か。道中、警戒しながら歩いて損した。


「出口はありますか?」


『……』


 やっぱポン


『ある! そこをくぐれば汝らの望む場所へと戻れるだろう』


 ナビゲーター的な声が焦ったように教えてくれる。ポンコツは禁句みたいだな。今後また会うことがあったら注意しよう。


『して……汝ら、この先に行きたいか?』


 で、冒頭の質問に戻る。


「まあ行くしかないよね」


「はい」


『良かろう。では扉を開く。勇敢な冒険者たちよ、武運を祈る』


 おお、それっぽい。まあ俺たち、冒険者じゃないんだけどな。


「……」


「……」


『……』


 えっと。

 

 目の前のバカでかい扉はピクリともしない。よく見れば石造りのようで、ますます人力では開けようもないんだが。


「あのー? 扉を開けて下さるのでは?」


 菜那ちゃんが、おずおずと訊ねると、


『もう開いている』


 と返ってくる。なんだ、頓知か? 


『どこを見ている? 大扉の向かって左側だ』


 言われて首を動かす。大扉の数メートル左、小さな木の扉があった。


『あそこの鍵を開けた』


「勝手口じゃねえか」


 マジで? あれがダンジョンの入り口なの? 雰囲気も威厳もあったモンじゃねえな。


「あ、えっと、ありがとうございます」


 菜那ちゃんはそれでも一応、礼を言っていた。


『よい。これが我の仕事。さあ、行くがよい。心優しき天使と、礼儀知らずのクソガキ』


 だいぶ心証に差がついたな……


 まあ言われずとも行く以外の選択肢はないけどさ。


「兄さん」


「ああ」


 勝手口に近づくと、壁に背をつけ、半身でノブに手を伸ばした。海外の特殊部隊の訓練なんかで見る動きを、まさか自分が見様見真似でやる日が来ようとは。


「お気を付けて」


 妹の緊迫した声に、かすかに頷き。

 せーの。


 ノブを回し、一息で勝手口を開けた。


 すぐに手を引っ込め、壁に張りつく。クラブのグリップを両手で握り込んだ。いきなりモンスターが飛び出してきたら、これで死角から叩くのだ。


「……」


「……」


 な、何も出てこなさそうだ。

 反対側の壁に張りついている妹に目配せし、俺はそっと扉の向こうを覗きこんだ。


 青々した若い葉の茂る草原。草の背は低く、芝のようにも見える。人工的に作られた平野みたいに、起伏に乏しい。


 そして……草原の中ほど。ゼリーか寒天の塊のような物体。定番モンスター、スライムくん。ホッと胸を撫で下ろす。


 ほとんどのダンジョンでは、1階層にはあのスライムが出現するという話は聞いたことがある。非常に戦闘力が低く、動きも鈍重だという。


「菜那ちゃん、スライムだ」


「え? 本当ですか?」


 彼女も首だけ伸ばして、扉の向こうを見た。そして「あ」と小さく声を上げ、少し嬉しそうに俺を見る。可愛らしい所作に和むけど、緊張を完全に解くのはNGだ。


 弱くてもモンスターはモンスター。それに生物を殺すというのは、それだけで大きなエネルギーを要する。平気そうにしてるけど、菜那ちゃん、突然の被災で精神的な疲労も溜まってるハズだ。これ以上の負荷はあまりかけたくない。


 ……出来るだけ俺が殺ろう。


「じゃあ、入ってみようか。菜那ちゃんは後ろからついて来てくれたら良いから」


「はい」


「動きは遅いと聞いたことあるから、囲まれそうなら迷わず逃げて体勢を立て直そう」


「わかりました」


 そこまで取り決め、いよいよ壁から背を離す。そして深く深呼吸。ゴルフクラブのグリップをもう一度強く握りしめ。


「行くよ」


 大股で扉の向こうへと踏み込んだ。人生初のダンジョン、その1階層だ。







 

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