第8話:ずり落ち兄さん

 クラブはシャツの背中側に入れ、グリップ部をズボンのベルトに挟んで固定。ロープを掴んで慎重に降りる。正直、チビりそうなほど怖い。だって足だけまずダンジョン(?)に入る感じなワケだから、その無防備な下半身をモンスターに攻撃でもされたらと思うと……


「うう」


 菜那ちゃんが居なかったら、多分まだグダグダ覚悟を決めれてない自信がある。ちなみに彼女が先に降りるとも提案されたが、秒で却下した。それがまた後に退けなくさせた要因でもあるワケだが。


「あっ!?」


 しまった。恐怖のせいで手が震えたのか、ロープを掴む力が弱まったらしく、一気に2メートルくらい滑り落ちてしまう。手は軍手(物置で見つけた)を嵌めてるから良いけど、足の方は内腿を強く擦った感覚がある。ズボンの中で皮が捲れてるかも。


 と、足の裏に唐突に硬い感触。思わず「うわあ!」と情けない悲鳴を上げてしまう。


「兄さ~ん!! 大丈夫ですかー!!」


 妹の声が聞こえる。良かった。そこまでの高さを落ちたワケではないらしい。そして少し冷静になると、足裏の感触は地面だと理解する。


「だ、大丈夫だよー!!」


 両足がピタリとくっついている地面。崩落の危険はなさそうに思える。そっとロープから手を離す。地上からの光(農園を地上と言って良いのかは議論の余地があるだろうが)が薄く届いていて、自分の足元も辛うじて見えた。石畳のようだ。農園の土ざらしとは随分な違い。


「人が……作ったんだろうか」


 いや。ダンジョンには確か、人工的な建物や、整備された道なんかも最初から存在しているケースがある、と聞いた記憶が。

 これもその口だろうか。


「本当、RPGのダンジョンだよな」


 あれらも誰が何の目的で、またどうやって作ったのか。ここら辺の謎は基本、ゲーム内で語られることはない。


「……道が続いてるな」


 石畳は通路のように長く敷かれている。縦穴の底に横穴を掘り進んだような形らしい。L字型だな。


 取り敢えず、ホッと息をついた。底ナシでも、行き止まりでもなかった。


「菜那ちゃ~ん!! 横穴が続いてるっぽいー!!」


「私も降りましょうかー!?」


 あー。どうしようか。この先はいよいよモンスターが出てくる可能性が高いんだよな。そこを考えると、急迫の危険の無さそうな農園に残っていてもらった方が安心だけど。


 どうせ俺がやられたら、彼女も降りて挑戦するより無いワケで。そうなるくらいだったら、最初から2馬力で攻めるのが得策か。


 ……ていうか、改めて。俺も妹も、生きるか死ぬかの瀬戸際なんだな。なんでこんなことになってんだよ。ほんの2時間くらい前まで、呑気に居間でメシ食ってたのに。あまりに急すぎる。


 とか考えてるうちに、菜那ちゃんもロープを掴んで降りる体勢。止めるべきか、そのまま来させるべきか。決断できないまま、スルスルと降りてしまい、俺の目の前に着地した。


「菜那ちゃん……」


「来ちゃいました」


「……正直、上に残して、俺だけ斥候に、という案もあったんだけど」


「それ死亡フラグっぽいです」


「やっぱり?」


「或いは敵に捕まって改造されて、味方に牙を剥くヤツ」


「うわ、それは死ぬよりイヤだな」


 軽口を叩いて、笑い合う。少しでも緊張が解ければ、と互いに思ってるんだろう。

 ……それでも、こんな会話が久しぶりに出来たのが少し嬉しい。


「それに真面目な話……私の幸運増幅とおぼしき能力があった方が、兄さんの生存確率も上がると思うんです」


 それは確かに。けどさっき、キノコから飛び降りた時は何もなかったけどな。まあでも、無傷だったのが加護と言えばそうなのか?


「……そう、だね。2人で行こうか」


「はい! あ、そうだ。エンジェルラックとエンゲージなんですが……」


「ん?」


「仮説の域は出ないんですが、その」


 妙に歯切れが悪い。


「接触の程度も関係があるのかも知れないな、と」


 ……ああ、エンゲージのことかな。


「さっきは手を繋いだだけだったので、あまり劇的な効果がなかった、みたいな?」


「はい。最初の落下時は、その、抱き締めてくれてましたから。兄さんが」


 モジモジしながら、はにかみ笑顔で言われると……妙に気恥ずかしくなる。


「……なので、また」


 両手を広げた菜那ちゃんが、でも恥ずかしいのか、顔を斜め下にして抱っこ待ち。美人なのに、そういう仕草は可愛くて……俺まで照れて、顔が熱くなる。こんな場合でもないんだけどな、と頭の冷静な部分が言うけど、照れ臭いものは照れ臭い。


「……っ」


 焦れたのか、向こうから恐る恐る抱きついてくる。温かい。人肌を触れ合わせる事で得られる幸福感。今日まで、あれだけ触れるのを躊躇っていた妹と、これで3度目の抱擁だ。命の危機というのは、簡単に人間関係を変えてしまうらしい。


「おに……兄さん」


 昔みたいに「お兄ちゃん」で良いよ、と気軽に言えたらな。


「……」


 やがて俺の方から後ろに下がり、抱擁を解く。少し遅れて菜那ちゃんも体を放した。さっきみたいな発光はしてたかな。正直なところ、を思い出さないように気を張るので精一杯だったから、よく見てなかったんだよね。


「これできっと大丈夫です」


「う、うん。ありがとう」


 やっぱりお互い気まずくて、照れ臭くて、微妙に目を合わせないまま。


「……じゃあ、行こうか」


 イマイチ、命懸けの探索に向かうテンションではなくなってしまったけど。もう一度、気を引き締めていかないとな。




 




 






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