第6話:パンチラ兄さん

 改めてグラウンドレベルで見ると……まあ、あまり異次元っぽさはないな。今しがた降りてきたクソデカキノコの事があるから、俺の知る日本ではないのは間違いないんだろうけど。


「しかし広い」


 ウチの2軒先がチョットした地主なんだが、そこの田畑と同じくらいありそうだ。


 少し歩くと、小さな柵が建っていた。人工物? 誰か住んでるのか? いや、知能があっても人間とは限らないんだよな。あまり考えたくないけど。


 木柵は1メートルくらい続いて、その後は朽ちて倒れていたりで、途切れ途切れになり、やがて無くなっていた。その無くなった辺りまで来ると、大きな木板が落ちていた。


『ダンジョン農園』


 と書かれている。


 どう……考えるべきか。この製作者不明の看板を信じるなら、やっぱり今居るこの場所は俺のスキルで展開した空間ってことになるが……そもそもダンジョン農園って何だ? ダンジョンではないのか?


「普通のダンジョンだと、もうモンスターと遭遇しててもおかしくないレベルなんだろうけどな」


 伝え聞く話では、一般的なダンジョンでは複数の探索者が狩りをして、その成果物で日銭を得ているそうだし。それを考えれば、こんな閑散としていては、マンマの食い上げだ。


 と言うか、キノコの上から見て、動く物体は皆無だった。少なくともキノコの周り数百メートルに動物性のモンスターは居ないんじゃないかと。


「あのキノコ自体がモンスターという可能性は……」


 そうだ。ありうる話だ。命を救われた場所だから、すっかり安全だと考えてしまっていたけど。


 俺は慌てて振り返る。菜那ちゃんは、そんな俺の挙動不審な様子に、逆に心配げな顔を見せた。


「なにかありましたか~!?」


 声までかけてくる。今のところ何ともなさそうでホッとする。

 てか下も安全が保証されたワケではないんだよな。見渡した限りモンスターは確認できなかったとはいえ、例えば今この瞬間にも地下からモグラみたいなモンスターが飛び出してくる可能性もある。今の状況下、どこにも100%安全な場所なんてないよな……


「なんでもないよ~! そっちも変わりない~?」


「大丈夫ですよ~! 兄さんこそ気をつけて~!」


 手を振ってくるので、軽く振り返す。そしてまた歩き始めた。ていうか、大声出すのもあんまり良くないよな。近くに居なくても、モンスターを呼び寄せてしまう可能性もあるし。


「ダメダメだなあ」


 余裕がなさすぎる。思考が後手後手だ。

 両掌で包むように頬を叩いた。しっかりしろ。妹の命も懸かってんだぞ。


 と。


「あ、あれ」


 前方にどこか見慣れた物置を見つけた。ウチの庭にあるヤツ、に酷似している。つっても、量産品だしなあ。


 そっと近づく。スチールの扉の錆び具合なんか、本当によく似てる。うーん。見れば見るほど、ウチのヤツそっくり。


 そうだ。写真撮って、菜那ちゃんにも送って意見を聞いてみよう。俺はポケットに手を突っ込んで……だからスマホないんだって。アホか。


「仕方ない」


 恐る恐る、扉の取っ手に指をかける。電流が流れたりといった罠はない模様。一気に扉を開け放つ。中からモンスターが飛び出してきたら、ダッシュで逃げられるように構えて。構えて……


「……なんも、なさそうだな」


 生き物の気配はない。恐る恐る覗き込む。中は少し暗い。光が入り込んでこないようだ。てか光。天井も閉じられた岩窟のような場所で、どこに光源が? ああ、いや、今は物置の中の確認が先だな。不思議な事象について考え出すとキリがない。


 改めて奥まで確認する。暗いけど、かすかに銀光りする物体を発見。ビンゴ。やっぱりこれ、ウチの物置じゃないか。中に足を踏み入れ、折り畳みの脚立を抱えた。四苦八苦しながら引き摺りだす。


「よし。あとは……届いてくれることを祈ろう」


 中央付近のステップの下側に掌を当てるようにして持ち上げる。少し斜めらせて肩にも預けて二点で支える。仕事で培った楽な持ち方。そのまま歩いてキノコの下へ戻った。


「菜那ちゃん! 脚立あったよ!」


「見てました! ウチの物置っぽくないですか、アレ?」


 やっぱり彼女から見ても、そうらしい。量産品でも長く使ってると、なんとなく雰囲気みたいなのが出てくるものなのかね。


「架けるよ~。そっち側持って~」


 折り畳みのそれを伸ばし、キノコのカサへ。


「ピッタリですー!」


 お。これもエンジェルラックのおかげか?


「ゆっくり、気を付けて降りてきて~!」


「は~い!」


 脚立の縦棒を両手で掴み、慎重な足捌きで降りてくる。高所だし、下を見ると怖いだろうな。けど、悲鳴も泣き言もなく、黙々と足を動かす菜那ちゃん。半分を過ぎ、もう少しという辺りで、


「あ」


 スカートの中が……ピンク……か。


 っとと。妹のパンツをガン見する兄というのは、流石に体裁が悪い。見つかったら気持ち悪がられるかもだし。視線を下げ、やり過ごした。


 やがて地上まで無事に到着した妹。怖かった、と言いながらも、少し笑顔。まあ貴重な体験ではあるだろうね。


「じゃあ、出口を探しましょう。ダンジョンには必ず出口があるハズです」


 確かにそう聞く。色々とショッキングな状況ではあるけど、それだけが心の支えだ。というか、悲観的に捉えすぎたら鬱になりかねん。さっきの菜那ちゃんの様子、貴重な体験をしてる、くらいの虚勢こそが今は肝要な気がする。


 




 

 

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