第5話:セレブレイト兄さん
5分前まで当たり前にあった平穏が脆く崩れ去り、いきなりのデッドオアアライブ。まだ脳が完全には事態に追い付いてないけど。
「何はともあれ、2人とも無事で良かった」
「はい……」
まだグズグズと鼻を鳴らしている妹の頭に手をやりかけて……引っ込めた。その代わりに、
「でっけえキノコって事で良いのかね」
尻の下、不思議な感触の床面を撫でる。極細の起毛を撫でたような感触。ビロードが近いか。
「毒とか、ない……ですよね?」
菜那ちゃんも足元を見ながら。薄茶色で、平らなカサ。俺たちも知るキノコ類の中で、最も形状が似てるのはエリンギかな。もちろん、こんなに馬鹿デカいエリンギなんて見たことがないから、明らかに新種だろう。
「新種、いや、そうか。ダンジョン……」
「はい。みたいですね」
極稀にあるのだ。突如ダンジョン生成現象が始まり、それに巻き込まれてしまう事故が。俺たちも、どうやらその口らしい。
「そう言えば、私、落ちてる最中に声を聞きました」
「え?」
「ダンジョン・セレブレイト……エンジェルラックとエンゲージのスキルを獲得しました、とか何とか」
驚いた。俺と似た体験をしていたらしい。
「俺もだよ。ダンジョン農園とか言ったかな。勝手に、あ、いや、俺の驚いた声を了承と受け取ったのか……とにかくそのスキルを展開した、らしい」
あやふやな物言いになってしまうけど、まあ俺だってよく分かってないんだ。仕方ない。
「私も同じです。発動という言葉は聞きました」
展開と発動というのは、スキルの種類による語彙の違い、だろうか。
「ダンジョン・セレブレイトって。アレですよね。ダンジョンに初めて入った人が受ける祝福」
「だね。そこでスキルを授かる確率は、33・4%」
約サブイチってヤツだ。これは世界的な統計の結果で、かなり正確な値らしい。まあ記念にダンジョンに入ってみる人も多いと聞くから、サンプルが十二分に取れてるんだろう。
「つまり私たちは運が良かった……」
「スキル名を聞く限り、菜那ちゃんの方のスキルが効いた感じがするけどね」
エンジェルラック。天使の加護といった語感だ。エンゲージというのは……何だろうな? 婚約……結婚? まあ今は置いておこう。
「……それにしても。上に戻るのは厳しそうですか……ね」
菜那ちゃんがそう言いながら、天を見上げ、大きく口を開けた。
「ん?」
俺も釣られて見上げる。そして同じように大口を開けてしまった。
「穴が開いてない……」
届かないにしても、空すら見えないのは完全に予想外。
「ダンジョンの生成と同時に内部に取り込まれて、そのまま閉じたってこと、かな」
イヤな仮説だけど、割と濃厚な線でもある。
「ちなみに、兄さん。携帯は」
「持ってないね。菜那ちゃんも」
言い終わる前に首を横に振られた。まあそうだよな。ちょっと庭に出て風に当たろう、くらいのモンだったからな。というか、確かダンジョン内は圏外だって、ネットで見た覚えがある。持ってても、どの道ダメか。
「となると……」
「このダンジョンを進んで行って出口を探すしかないですね」
「……だね。まあ、そのためには、まずはこのキノコから降りないとな」
よっこいせと立ち上がる。カサの端まで行くと、
「お、おお」
枯れた大地に所々、生命力の強い雑草が生えているのみ。そんな景色が広がっていた。荒野というより、手入れされてない畑のような。もしかしてダンジョン農園とやらは、ここを指してるのか?
「意外とカサは地上と近いみたいですね」
菜那ちゃんは遠望ではなく、カサの下を覗き込んでいた。俺も倣って視線を下げた。
「あー、確かに。家の2階よりチョット低いくらい、かな?」
それでも飛び降りるのは若干の勇気を要する。まあ言ってられないけどね。
「俺が飛び降りるよ。で、何か梯子かクッションになりそうな物、探してみる」
「兄さん」
いつの間にか妹が俺の手を握っていた。少しビックリする。
と。
「なんか少し光ってる?」
彼女の手、そして包まれた俺の手まで。淡く発光しているような。子供の頃、ホタルを手の中に閉じ込めた時のことをボンヤリ思い出した。
「エンゲージ」
菜那ちゃんが小さく呟く。
「え?」
そして光は消えた。最後にキュッと俺の指先を握ると、菜那ちゃんはゆっくり手を離した。
「やっぱり。私のスキルは幸運と、私が、えっと……決めた人とそれをシェアする能力のようです」
「エンジェルラックとエンゲージ、か」
なるほど。概ね言葉の意味そのままか。
「さっきの上昇気流は、私に起きた幸運ですが、体が触れ合っていた兄さんにも分け与えられたんじゃないかと」
「あー、それはありそう」
あの気流に乗って着地した時にしても。随分な幸運に見舞われでもしない限り、やっぱり流石に無傷はないわな。
「なら、また上昇気流でも起こるかも」
わざと呑気な調子で言ってみせる。
「よし、勇気でた……行ってきます」
半ば自分に言い聞かせるように。もう半分は妹にダサいところ見せたくない見栄で。勢い任せに。飛んだ。グングン地上が近づいてくる。そして、
――――ドスン!
無風のまま地面を踏みしめる。ジーンと膝小僧に痺れ。
「…………」
「ご、ごめんなさい! こんなハズじゃ!」
……まあスキルに関しては、まだまだ要検証ということで。
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