第4話:青天の霹靂兄さん

 菜那ちゃんが腕によりをかけて作ってくれたパスタとおにぎり、タコのマリネサラダを平らげ、食休み。


 ガラス戸を開け、庭に出る。コオロギの鳴き声がどこからともなく聞こえてきた。アジサイの葉の上には腹のでかいカマキリが1匹。俺と同じく食休み中かもな。いや、あの腹は卵か。


「兄さん」


 菜那ちゃんも庭に出てきた。どこから持ってきたのか、くたびれた布を縁石の上に掛けて、即席ベンチに変える。彼女が座ると、縁石は半分ほどお尻に隠れた。残り半分のスペースに視線をやり、それから俺を上目遣いに見る。遠回しな相席のお誘い。だけど、


「……押し出しちゃうよ」


 そこそこガタイの良い俺が乗れば、押しくら饅頭だ。


「……」

 

 寂しそうな彼女から視線を逸らす。


「……すっかり秋だねえ」


 10月の終わり。最近は温暖化の影響で秋は有って無いようなものだけど、今年は珍しく風情がある。


「明日、お団子つくりましょうか」


「ええ?」


 半笑いになってしまう。名月はもう過ぎただろうに。

 ……そんなに俺を歓迎しようと気を遣わなくても良いのに。いや、或いは、彼女の中の罪の意識が……


 ん?


 カタカタと家のガラス戸が揺れている。菜那ちゃんも気付いたみたいで、ハッとした顔で中腰に立ち上がった。


「地震か」


 そこまで大きくはない。あっても震度3くらい。そんな考えが過った瞬間、


 ――――ドン!!


 と音がしたような錯覚。


「うおおお」

「きゃああ」


 立っているのもやっと、という程の大きな揺れ。縦なのか横なのかも、三半規管の混乱で分からない。


 どうする? 家の中は……いや、いくら頑丈な造りとは言え、木造の30年戦士に縋るのは危険だ。それに家の裏手には山がある。崩落なんてことになったら。


「道路の方だ! 庭を突っ切るよ!」


 俺は玄関から靴を持ってきてたけど、菜那ちゃんはツッカケだ。足元にも注意を払わないと。

 両手を広げてバランスを取りながら、身を低くして庭を歩く。何度も振り返り、妹がついて来ているのを確認しながら。


 もうあと数歩で庭を抜ける、という所まで来た。揺れは変わらず続いている。本当に我が家が倒壊するんじゃないか。もう一度振り返った。と、その時。再び大地を割るような大きな衝撃。いや、比喩じゃない。庭が……庭が割れた!


 その地割れの中、足を取られた妹の姿が見えた。こちらに手を伸ばしながら、上体が後ろに倒れ行く。


「菜那!!!」


 気が付けば駆けていた。これだけの揺れの中、真っ直ぐ走れたのは奇跡か、火事場の馬鹿力か。


 パシッと彼女の手を掴んだ。それと、同時。ジェットコースターがコースの天辺から下りに入る時のような。いや、あれよりもっと酷い浮遊感に包まれる。俺は咄嗟に妹の体を抱き寄せ、自分の胸の中に包み込む。


 ――落ちる。


 そう確信した瞬間、菜那の体を更に力を込めて抱き締めた。頭を胸の中に。せめて彼女だけでも、どうか。


 そう願いながらも成す術なく、ただひたすらに落下する。


 その間、背中から落ちようと足掻いていたが、いよいよ頭が下になりそうだ。マズイ。

 と、その時だった。唐突に声が響く。


『ダンジョン・セレブレイト……スキル:ダンジョン農園を獲得しました』


 え? いま、頭の中に直接……


『展開しますか?』


「はっ?」


『展開』


 はい、と言ったワケじゃなくて。って、今はそんな事どうでも良くて。


 そして、ついに恐れていた時がきた。自由落下の終着点、地面だ。今や完全に頭が下。落ちる先がよく見えた。


 ……は!?


 大きな茶色のカサ。キノコ……か? あれの上にバウンド出来たら、ワンチャンあるか!? 最悪、菜那だけでも。


 何とか体勢を戻したい。背中から落ちれば、俺がクッション代わりになって……


「え!?」


 突然、フワリと体が逆に浮き上がる。ものすごい風だ。どうやら謎の上昇気流が吹いているらしい。しめた。その気流の中でバタつくと、割と簡単に背中を下に出来た。


「お兄ちゃん!!」


 菜那が俺の意図を察してか、腕の中で藻掻く。だがそれを制するようにギュッと閉じ込めて離さない。もしかしたら、これが妹と触れ合う最後の機会かも知れない。


 温かい。人の体温。思えば久しく感じていなかった気がする。じゃあね、と心の中で唱えて……


 ドゴッと大きな衝撃を背中に受けた。菜那の頭が鳩尾に入り、息が勝手に口から漏れた。これは死んだか。


「お兄ちゃん! お兄ちゃん! 大丈夫!?」


 鳩尾から顔を上げた菜那。涙に濡れた瞳をこちらに向けて、必死に俺を呼ぶ。ああ、懐かしい。昔はそう、お兄ちゃん呼びだったなあ。


「ねえ、返事して! イヤだよ、お兄ちゃんまで……」


「菜那……大丈……夫」


 キミは強い子だ。俺が居なくても…………


 …………


 ……


 って、なんか全然フツーだな。背中は痛いけど、どっか折れたとかはなさそうだし、意識もハッキリしてる。呼吸も、さっき意図せず息を吐いてしまった以外は、極々自然に行えてる。


 これもしかして、死なないヤツじゃ?


 そっと手を伸ばし、菜那の肩を押す。そうすると、彼女も俺の上から退いて、立ち上がった。良かった、彼女はどこもケガしてないみたいだ。


「おに……兄さん?」


「ああ、ちょっと背中が痛いけど……」


 半身を起こす。掌を開いて閉じて。両足も動かしてみるが、何ともなさそう。


「生きてる。生きてるよ」


 自分で口にして、ようやく実感した。


「兄さん!!」


 地面(キノコ)に膝をついた妹が首に抱き着いてくる。最後かと思われた温もりが再び。ああ、生きてる。本当に生きてるんだ。


 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る