第6話 夜の最終面接

 二人は高級レストランの個室で食事をしていた。窓からは、夜景がきれいに見える。


「pandaさん、あなたの経歴については、あまり知らないんです。前にいた事務所や、これまでの経験など、教えてくれませんか?」と、松下が穏やかに問いかけた。


 タツコは少し困った表情を浮かべながら、言葉を探した。「ええと、私は……様々な経験をしてきました。いろんな場所で学んできて……」


「それは具体的には?」松下が、更に詳しく知りたがった。


 タツコは、内心で焦りを感じていた。「正直なところ、私は新人ですので、これまでの経験は……あまり……」言葉が出なくなる。


 松下は、優しく笑って言った。「実はね、私も少し調べました。pandaさんが、どんな女優なのか知りたくて。でも、ぜんぜん情報が出てこない。でも、それがあなたの魅力なんだと思います」


 タツコは、驚いた表情で松下を見つめた。


「あなたは、自分を偽らない。真実を隠しても、嘘をつかない。そんな、信頼できる人だと感じました。だから、私の映画の主演を、お願いしたいんです」


 タツコは喜びと同時に、松下の言葉に何か違和感を感じた。「でも、なぜそんなに私を信用してくださるんですか?」


 松下は微笑みながら、「なんとなく、あなたの中に見える真実を感じるから」


 タツコは、その言葉にムカムカとした気持ちが湧き上がってきた。「松下さん。あなたは何も知らない。私の全てを知った上で、私を評価してくれるのなら嬉しいけど、ただの予感で決めつけないで!」


 松下は、少し驚いた表情をしたが、すぐに平静を取り戻した。「分かりました。私も、あなたを、もっと知りたいです。これからの撮影を通じて、お互いのことを深く知る機会にしましょう」



 タツコは目を細めながら、松下を見つめた。「松下さん、遠回しに言わないでハッキリと答えてください。あなたは、私がタツコだと気づいているのではないですか? そして、その驚きの事実を映画の宣伝材料にしようと考えているのでは?」


 松下は一瞬困った顔をしたが、すぐに落ち着いた表情になった。「すみません、正直に申し上げます。タツコさんの姿に、驚きはしました。そして、その驚きの事実が映画の話題作りになるかもしれないと思ったのも事実です。しかし、私が最も評価しているのは、タツコさんの演技力です」


 タツコは、念を押した。「本当に?」


 松下は、うなずいた。「はい、映画の宣伝材料として、その事実を使う考えは一瞬浮かびましたが、それよりも、タツコさんの演技力に魅力を感じ、主演をお願いしたいと思いました」


 タツコは、松下の言葉に安堵した。「そう言ってくれると嬉しいわ」


 松下は、笑顔で答えた。「今後は、お互いに信頼関係を築きながら、素晴らしい映画を作っていきましょう」


 その後、二人は映画の内容や撮影スケジュールについての話題で、楽しく食事を続けた。



 タツコは真希に向かって、にっこりと笑った。「あの場面で、どうしても黙っていられなくてね」


 真希はハンドルを握りながら、タツコを見て笑った。「本当、タツコさんったら、面白いなあ。他の人なら、まだもう少し様子を見てから言うところを、すぐに本心をぶつけるんですもん」


 タツコは、肩をすくめて言った。「私の性格だから仕方ないでしょ? 隠し事や嘘が嫌いなんだもの」


 真希は、ニコッと笑った。「私、そんなタツコさんが大好き!」


 タツコは、真希の言葉に感謝の意を込めてうなずいた。「ありがとう、真希。これからも一緒に、いろんなことに挑戦しようね?」


 真希は「もちろん!」と元気よく答えた。そして、二人は夜の道を楽しく、おしゃべりしながら運転していった。



 撮影現場には毎日、新しい驚きと賞賛の声が絶えなかった。pandaことタツコの演技は、新人とは思えない深みと洗練された技術を持っていた。彼女は、セリフを一度聞くだけで完璧に覚え、どんなに難しいシーンでも一発でこなしてしまう。


 スタッフの間で「pandaさんは本当に初めての映画なの?」という声が、聞こえるようになった。彼女の演技力とプロフェッショナルな態度は、撮影現場での人気を急上昇させていった。


 一方、真希は撮影現場の裏で、常にpandaのサポートをしていた。衣装の準備やメイクのチェック、さらには彼女の心のケアもしていた。真希の支えがあってこそ、タツコは安心してpandaとしての役割を全うしていたのだ。


 松下監督はpandaに対して、特別な目を向けていた。彼の目は、ただの新人女優を見る目ではなかった。それは、長年の経験と実力を持つ女優を、尊敬する目だった。撮影の合間には、二人で深い会話を交わし、役作りや映画に対する熱意を共有していた。


 映画の撮影が進む中、現場は日々、活気に満ち溢れていた。



 タツコはPCの画面を見つめながら、メモを取っていた。真希の足音に気づき、振り返った。「真希。ちょうど良かったわ」


 真希は、コーヒーカップをテーブルに置きながら微笑んだ。「タツコさん。いつも忙しいのに、しっかり予習するんですね?」


「このミュージシャン、昔からの大ファンなの。彼の病気のニュースを聞いたとき、本当にショックだったわ。だから、彼のテレビ復帰が私の番組でできるなんて、光栄以外の何ものでもない」


 真希はタツコの真剣な表情を見て、彼女のプロフェッショナルな姿勢に、改めて感動した。「タツコさんは、どんな役でも、どんな仕事でも全力で取り組むから、みんなから尊敬されているんですよね」


 タツコは優しく微笑み、真希の頭を撫でた。「ありがとう。でも、私も人間だから、たまには休憩も必要。このコーヒー、一緒に飲みながら、ちょっと休憩しようか?」


 二人は窓の隣にあるソファに座り、コーヒーを飲みながら、リラックスした時間を過ごした。外は静かに雨が降っていて、その音が部屋に心地よいリズムを奏でていた。

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