第5話 疑惑
「真希、なんでこんなに緊張してるのかしら。昔からの番組なのに……」タツコは、小さな声で言った。
真希は微笑んでタツコの手を強く握りしめ、「大丈夫、タツコさん。これまで、どれだけの番組に出演してきたんですか。ただ、今回のは少し違うだけ……」
「映画のオーディションは、新しい私、pandaとしての初めての試練だったけど……この番組は長い間続けてきたもの。何十年もの間、このスタジオは私の家のようだったわ。失うわけにはいかないの……」
真希は立ち止まり、タツコの目を見つめた。「タツコさん、気楽に行きましょう。以前と同じように、番組を楽しんでください!」
タツコは目を閉じて、深く息を吸った。「ありがとう、真希」と彼女は言い、再び歩き始めた。二人はトーク番組のスタジオへの扉を開け、明るいライトとカメラ、そして待っている観客の拍手に迎えられた。
「やっぱり、タツコさんはすごいな」映画制作スタッフの一人が、感心して言った。彼らは撮影の合間に、テレビを見ている。皆がタツコのトークの巧さや、その存在感に夢中になっている中、松下だけは何か違うものを感じていた。
「ねえ、松下監督。何か、タツコさんの顔……前に、どこかで見たことがあるような…」と、もう一人のスタッフが口にした。
「何を言ってるんだ? タツコさんは、テレビ界の大御所だ。そりゃどこかで見たことがあるだろう」
「いや、そうじゃなくて……昔の何かの映画に出ていた女優さんに似てると思って」スタッフは、首を傾げる。
松下の目は、昨夜に視聴していた、若い頃のタツコの映画のシーンを思い出していた。その顔、その表情、どことなく似ている……。
「まあ、それはそれとして。今日のタツコさん、絶好調だね」と別のスタッフが話題を変え、皆が再びトーク番組に夢中になる。
しかし、松下だけは、頭の中で謎を解くように考え続けていた。pandaという新人女優と、今のタツコと、昔の映画の中のタツコ。三つのピースが彼の心の中で、つながり始めていた。
タツコが控室のドアを開けると、すぐにスタッフたちが手を叩きながら「お疲れ様でした!」と声を上げた。
「タツコさん、今日のトークも最高でした!やっぱりあなたは、この業界の宝だ!」と、カメラマンの一人が笑顔で言った。
「本当に、さすがタツコさん。あんなに鋭いトークを聞けて、胸が熱くなりました。」と、ディレクターもタツコを褒め称えた。
そんな中、真希はタツコの側に駆け寄り、抱きついて「大丈夫だったでしょ? すごかったです!」 と声をかけた。タツコは微笑んで真希の頭を撫で、「ありがとう、真希。あなたのおかげで、気持ちが落ち着いてトークができたわ」と感謝の言葉を述べた。
芸能事務所の老社長も近づいてきて、「タツコ、本当に良かった。あれほどのプレッシャーの中で、完璧なトークを見せてくれて……感動したよ」と言い、タツコの手を握った。
タツコは、皆の温かい言葉に目頭が熱くなりながら、「本当に、ありがとうございます。私には、このスタジオ、この番組、そして皆さんがいるから、こうして頑張れます」と、声を震わせて言った。
会議室は緊迫した空気に包まれていた。映画の制作スケジュールが迫ってきており、制作者たちの緊張感が増していた。
「松下さん。ヒロインを決めるのは当然大事ですが、撮影のスケジュールに影響が出てきています。早く決断を下してください」と、プロデューサーが声を強めて言った。
松下は、しばらく沈黙した後、「私も早く決めたいのですが、pandaに関しては、まだ少し考える時間をください」と答えた。
「しかし、他のオーディションを受けた女優たちはどうなのか?」と、脚本家が問いかける。
「それも含めて、もう少し時間をください」と松下が答えたとき、制作スタッフの中で映画のキャスティングディレクターが口を開いた。
「pandaのオーディションは、正直、他の応募者よりも一段と上だったと思います。新人としての彼女のポテンシャルを活かすことで、この映画の売りにもなるかと思います」
「しかし、pandaという芸名を持つ新人女優が主役になることで、観客が、どう受け取るか、それが心配なのです」と、マーケティング担当が指摘した。
松下は、深く息を吸いながら、「私は彼女の実力に確信を持っています。もう少し、検討する時間をください」と改めて頼んだ。
制作者たちは、しばらくの間、会議室内で議論を続けたが、最終的には松下の意向を尊重し、彼に決断の時間を与えることになった。
「なぜ嘘の経歴が必要なの?」タツコが、真顔で老社長と真希に尋ねた。
真希が答える。「タツコさん、新人としてデビューする以上、何らかのバックグラウンドや経歴を持っていると、メディアやファンが興味を持ちやすくなると思うのです」
老社長もうなずいて、「まったく新しい顔でデビューするpandaに、少しでも注目を集めるためのストーリーが必要だ」
しかし、タツコは揺るがなかった。「私のキャリアは、嘘や偽りなく築いてきました。pandaとして新しいキャリアを始めるにしても、私のポリシーは変わりません」
その時、社長秘書が入室し、「松下純一監督からのメッセージがあります」と伝えた。
「何だろう?」真希が、興味津々に問いかけた。
「監督は、pandaさんに直接、何か尋ねたいことがあるようで、二人だけの面会を希望されています」
タツコは驚いた表情を見せながら、「どうして私と直接、会いたいんだろう?」
老社長は深く考える様子で、「松下監督は、鋭い観察眼を持っている。何か気づいたのかもしれない。気をつけた方がいい」
「わかりました。では、松下監督との約束を設定してくださる?」pandaが、社長秘書に頼む。
「はい、すぐに調整いたします」
「どんなことがあっても、私たちがタツコさんの味方ですから」と、真希がタツコを勇気づける。
タツコは、感謝の笑顔を見せた。
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