第3話 panda

 インターホンの音に、タツコは驚きの表情を浮かべながら、リビングに向かった。画面に映る真希の笑顔に、彼女の心は、ほっとした。インターホンのボタンを押して、扉を解放した。


「真希、こんな早くにどうしたの?」タツコがドアを開けると、真希が大きなバッグを持って立っていた。


「おはようございます、タツコさん。とっても大事なことがあるでしょ?」真希は、意味ありげな笑顔を浮かべながら言った。「だから、これを持ってきました」


 真希が持ってきたのは、今どきの流行りの若い女の子の服、アクセサリー、靴。一揃えのファッションアイテムが詰まった、バッグだった。


「えっ、これは……?」タツコは目を丸くして、真希の手渡すバッグを受け取った。


「新しいタツコさんに合うでしょう? 一緒に街に出て、新しいタツコさんを、みんなに見せてあげましょう!」真希は、楽しそうに笑った。


 タツコは真希の提案に少し戸惑いながらも、内心わくわくしていた。バッグの中から、ピンクのブラウスやデニムのスカート、キラキラと輝くアクセサリーを取り出した。


「本当にこれ、私に似合うと思う?」タツコは、少し不安そうに真希を見つめた。


「絶対、似合います。さあ、着替えてみましょう!」真希はタツコを背中から押して、彼女の部屋へと向かわせた。


 数分後、タツコは新しい服装で部屋を出てきた。ピンクのブラウスに、デニムのスカート、そして輝くアクセサリーで彼女は、まるで20代の女の子のようだった。


「すごい、タツコさん! 本当に似合っています!」


「ありがとう、真希」


 二人は、新しいタツコを街の人々に披露するために家を出た。



 街中の賑やかな通りを歩く、タツコと真希。タツコの若々しい姿と、その隣で軽やかに歩く真希の姿は、まるで大学生の友達同士のように見えた。タツコの華やかな外見に、通行人たちが思わず振り返る。彼女の美しさは、目を引くものがあった。


 しかし、誰もがタツコをテレビで見る有名司会者だとは思わず、ただ若く美しい女性として眺めていった。


「タツコさん、こんなにたくさんの人に注目されるなんて、どうですか?」真希は、キラキラとした目でタツコを見つめた。


「うーん、こんなに自由に街を歩くのは久しぶりだわ。誰も私のことを知らないようで、新鮮な気持ちよ」タツコは、心の底から楽しそうに笑った。


 二人は、カフェに入って休憩することにした。店内の雰囲気も新鮮で、若者たちで賑わっていた。


「タツコさん、こんなに楽しそうな顔、久しぶりに見た気がします」真希は、優しく微笑んで言った。


「ありがとう、真希。あなたのおかげよ」


 二人は、ジュースやケーキを楽しみながら語り合った。それは、時間を忘れるほどの楽しい時間となった。街を歩いて、新しい自分を楽しむタツコの姿は、たくさんの人の目に焼きついた。



 タツコと真希は、芸能事務所に到着し、社長室のドアをノックした。中から「入れ」という声がしたので、二人はドアを開けて中に入った。広々としたオフィスには、豪華なソファと大きなデスク、そしてその向こうに老社長が座っていた。


「社長。この人、誰だと思います?」真希が、いたずらっぽく老社長に尋ねた。タツコも、笑顔になった。


 老社長は、目の前に立つタツコの姿に驚きの表情を浮かべた。「これは……タツコ?」


「はい、私です。信じられないでしょうけど」タツコは、苦笑いしながら言った。


 老社長は、しばらく困惑した表情のままでいたが、やがて彼の目には涙が浮かんだ。「タツコ……あの頃のタツコだ」


「社長、突然のことで驚かせてしまって、申し訳ありません。」真希が深く頭を下げた。「でも、これは事実なんです」


 老社長は深く息を吸い込み、ゆっくりと立ち上がった。「あの頃のタツコ……まさか再び、この目で見ることができるとは……」彼の目は、深い感動と驚きに満ちていた。


 タツコと真希は、その後、老社長に全てを説明した。不老不死の伝説、そしてタツコの若返りに至るまでの出来事。老社長は話を聞きながら、何度も目を擦ったり、驚きの声を上げたりした。


「もう……信じられん。だが、この目の前にいるタツコを見れば、これが現実だと認めざるを得ん」老社長は、深く溜息をついた。「これから、どうするつもりだ?」


 タツコは真希を見てから、老社長の方を向いた。「私は、まだまだテレビに出たい。今の私を、全国の視聴者に見せたいの」


 老社長は、しばらく黙って考えてから、にっこりと笑った。「分かった。新しいタツコを、再びスターにしてやる」


 真希とタツコは、老社長の言葉に感謝の笑顔を見せた。



 老社長の豪華なオフィスで、真希が彼女のプランを熱心に語っている。


「タツコさん。メイクやヘアスタイルを工夫して、90歳の姿を再現しましょう。その一方で、今の姿で若手女優としてデビューすることもできます。この二面性を活かして、世間を驚かせましょう!」


 タツコは目を輝かせて答えた。「それは面白そうね。でも、新しい名前が欲しいかな」


 真希が提案する。「タツコさんが、お好きな動物、パンダから名前を取るのはどうでしょうか?」


「panda……」タツコは言葉を繰り返しながら、その名前の響きを感じてみる。「いいわね。シンプルで覚えやすいし、私の新しいキャラクターにも合っているわ」


 老社長も、うなずいた。「panda、いい名前だ。それに、その名前にはインパクトがある。デビューしたら、メディアは大きく取り上げるだろう」


 真希の顔が、明るくなった。「pandaとしてのデビューに向けて、早速準備を始めましょう。映画やドラマのオーディション、そしてファッション雑誌の取材など、多岐にわたる活動を計画しています」


 タツコは、胸が高鳴るのを感じた。「新たな冒険が始まるわね。pandaとして、そして90歳のタツコとして、二つの顔を持つ私の活動、楽しみだわ」


 三人は笑顔でグラスを持ち上げ、新しいスタートを祝った。



 タツコは、真希と老社長を真剣に見つめた。「お願いがあるの」


 真希は、首を傾げて聞いた。「何ですか、タツコさん?」


「pandaとしてデビューすることは楽しみにしているけど、私がタツコであるということ、私が若返ったということを、三人以外の誰にも知られたくないの」タツコは、深く息を吸い込んだ。


「pandaとしての評価は、話題性じゃなくて、私の実力だけで築き上げたいの」


 老社長は、タツコの瞳に燃える情熱を感じ取り、ゆっくりとうなずいた。「分かった。君の気持ち、よく分かる。pandaとしてのキャリアが、ただのゴシップで作られることは、君は望んでいないだろう」


 真希も、深刻な顔でタツコを見つめて言った。「タツコさんの希望を、尊重します。このことは、誰にも口外しないと約束します」


 タツコは、ほっとした表情を見せながら、二人に感謝の言葉を述べた。「ありがとう、真希、社長。この秘密、三人の間で、しっかり守っていきましょう」


 老社長は立ち上がり、真希とタツコを交互に見ながら「タツコ、そしてpanda。どちらのキャリアも全力でサポートする。この新たな挑戦を、三人で成功に導いていこう」


 真希とタツコも力強くうなずき、三人は固く手を握りしめた。



 真希は、タツコの前にオーディションの詳細を広げた。「これが、pandaとしての最初のお仕事です。松下純一監督の新作、青春映画のヒロイン役のオーディション!」


 タツコは驚いた顔で真希を見た。「松下純一監督の作品なの?」


 真希は、うなずいた。「ええ、あの放送の後、私は彼に連絡をとり、新しい女優がデビューすることを伝えました。彼は、興味を持ってくれたんです」


 タツコは、思わず笑った。「あの放送の後、彼の作品を全部見たのよ。彼の映画は、とても心に残るものがあって……」


 真希も、微笑んだ。「それなら、このオーディションは、ぴったりですね?」


 タツコは、少し緊張して言った。「でも、彼にpandaが実は私だと気づかれたら、どうしよう……」


「心配ありません。タツコさんの演技力は、最高ですから!」


 タツコは、真希の言葉に勇気づけられた。「ありがとう、真希。オーディション、挑戦してみるわ」


 pandaとしての新しいキャリアの最初の一歩は、青春映画のヒロインのオーディションから、始まることとなった。

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