第2話 不老不死
控え室の扉が静かに閉じられると、タツコは真希の方を向いた。
「真希、前回の放送のこと、本当に恥ずかしかったわ」タツコは顔をしかめた。「また同じことが起きないように、何か対策はないかしら?」
真希はタツコの顔を見つめ、深く考えてから答えた。「最近のストレスや疲れ、体調の変化などが原因かもしれません。十分な休息を取れればいいんですが……」
タツコは頷いた。「確かに、最近のスケジュールは忙しくて……」
真希は続けた。「撮影前に深呼吸をして、瞑想のように心を落ち着かせるとか。放送前に少しの時間を作って、心をリセットしましょう!」
タツコは、興味津々に聞いていた。「瞑想ね。昔、友人がやっていたのを思い出すわ」
真希は微笑みながら言った。「いつも明るく元気なタツコさんが、静かに瞑想する姿、想像すると何か楽しい」
タツコも笑った。「試してみる価値はあるわ」
真希は、タツコの手を取った。「生意気ですが、何でも相談してください。タツコさんが安心して放送に挑めるように頑張ります!」
タツコは、目を細めて真希を見つめた。「ありがとう、真希。本当に心強いわ」
我流で瞑想をしてみるタツコ。その真似をする真希。二人は控え室の扉を開け、スタジオの方へと向かった。
スタジオの照明が、タツコの姿を照らし出している。彼女は控え室での瞑想の時間と、数回の深呼吸を思い出し、その安らぎを胸に撮影に臨む準備をしていた。
「3、2、1、スタート!」
カメラの赤いランプが点灯し、放送が開始された。タツコは、いつものように明るく「皆さん、こんにちは」と挨拶を始めた。
しかし、その後の言葉を続けようとした瞬間、彼女の頭の中が再び真っ白になった。言おうと思っていた言葉や、準備していたトピックが一瞬にして消えてしまった。
スタジオは再び沈黙に包まれ、ゲストも少し驚いた表情をしていた。
タツコは心の中で深く呼吸をして、何とか冷静さを保とうと努力した。そして、少しの間をおいて、視聴者へ向けて誠実に言葉を続けた。
「申し訳ございません、皆さん。今日も少し、頭がついていかなくて……」
ゲストは優しく「大丈夫ですよ、タツコさん」と声をかけて、雰囲気を和ませようとした。
タツコは感謝の意を示しつつ、再び番組を進めようとしたが、その中には前回の出来事への不安と、自分自身への失望が混ざり合っていた。
放送終了後、タツコは真希に「また同じことをしてしまったわ」と、落ち込む姿を見せた。しかし、真希はタツコをハグして、「一緒に乗り越えましょう」と励ました。
夜の道路は、街灯の明かりだけが照らす静かな時間を迎えていた。真希は集中してハンドルを握り、タツコは窓の外を眺めながら深い溜息をついた。
「真希。私、本当に引退を考えているの。最近のミスも、その気持ちが現れてるのかもしれない」
真希は黙って運転を続けていたが、その表情には深い思いがにじんでいた。
しばらくの沈黙の後、タツコは車の進む道に違和感を覚えた。「ねえ、真希。ここ、いつもの道じゃないよね?」
真希は少し緊張したように言った。「ええ、実は……私の地元に向かっています」
タツコは、驚きの表情をした。「あなたの地元? なぜ?」
真希は深く息を吸い込み、続けた。「実は、私の地元には、本当に不老不死になれると言われている、伝説の場所があるんです」
タツコは目を丸くして、真希を見つめた。「それって、あなたが前に話してくれた、不老不死の伝説の……」
「私が子供の頃から、その場所についての話を耳にしてきました。伝説の真偽は分かりませんが、何か答えやヒントが、そこにあるかもしれないと思って……」
タツコは、しばらく考え込んで、再び真希に向かって言った。「そんな場所に、私を連れて行くの?」
真希は、微笑んだ。「タツコさん、私たちには、まだやれることがあると思っています。もし、その場所に答えがあれば、二人で見つけましょう!」
タツコは、真希に全てを委ねてみようと覚悟して、「ありがとう、真希。」と囁いた。
車は静かに夜の道を進み、二人は未知の地へと向かっていた。
真希は、車の中で流れる穏やかな音楽と、タツコの安定した呼吸音に耳を傾けていた。彼女がタツコを横目で見ると、その顔には深い安堵の表情が浮かんでいた。
夢の中、タツコは自らが小さな少女であったころに戻っていた。空には戦闘機の音が鳴り響き、子供たちは空を見上げながら、不安そうに固まって立っていた。彼女は母の手を握り締め、暗い避難所へと駆け込んだ。
戦後、荒れ果てた街を歩く大人たちの間を、希望に満ちた子供たちが走り回っていた。タツコも、その中の一人で、友達と共に未来への夢を語り合った。
やがて時代は流れ、テレビが日本の家庭に普及し始める。タツコは若き日の自分を見つけた。彼女は初めてのテレビ番組のオーディションに挑んでおり、緊張と期待に満ちた顔をしていた。その後の成功、瞬く間に彼女の人生が変わり、多くのファンに囲まれて輝く姿が夢の中で浮かんできた。
タツコは夢の中で、自分の歩んできた人生の全てを感じ取っていた。それは彼女の誇りであり、過去の経験が今の彼女を支えている。
真希は、運転を続けながら、横で静かに眠るタツコを見守っていた。彼女は、タツコの長い人生の中での経験や苦労を想像し、その強さと優しさに、改めて敬意を感じていた。
車は、夜の静けさの中を進み続けた。
夢から覚めるような感覚で、タツコは自宅の柔らかいベッドの中で、ゆっくりと目を開けた。まず感じたのは、身体の奇妙な軽さだった。動きやすさや、疲れた感じが、まったくないことに驚きつつ、タツコはベッドから起き上がった。
リビングの方から朝日の光が射し込んでいて、彼女は、ふと自分の手を見つめた。その手は、しなやかで滑らかなものに変わっており、年齢を感じさせる、シワや斑点が一つもなかった。
驚きのあまり、彼女は寝室の鏡の前に駆け寄った。鏡に映るのは、自分ではあったが、それはまるで20代のころの彼女だった。輝くような肌、黒々とした髪、そして若々しい輝きを放つ瞳。
「これは夢? それとも……」彼女は鏡の前で、しばらく自分の姿を見つめ続けた。
部屋の端に置かれていた写真立てには、20代のころの自分と友人たちとの集合写真が飾られていた。その写真の中の自分と、鏡に映る今の自分が、まったく同じであることに気づいたタツコは、驚きと喜びの混じった複雑な気持ちに包まれた。
「本当に若返ったのかしら?」彼女は、自分の声にも驚く。声も若々しく、はっきりとしていた。
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