第2話 推敲地獄
1月11日――天空の朝は早い。
朝4時には叩き起こされ、お湯を沸かせと視線で指示される。
次に顎の指示で沸いたお湯を容器に入れ、タイマーを3分にセットする。その間、冷凍庫にあるものをレンジでチンするよう肘で指示され、最後に冷蔵庫の魚を窓際に置くようつま先で指示される――いや、喋れや。っで
――なんなんだコイツ。
「あの、あなた完全に干物女ですよね。俺のこと何でもしてくれる都合のいい男だと思ってないですか?」
『そ、そ、そんなわけなかろう』
「図星かよ。あんた神様なんだから人々になんか天恵を与えたりしないの? ご利益的な」
『今の神ランクだと応援しかできん……。頑張るのじゃニツキ! お主にかかっておる!』
俺はでかいため息をついた。だからなんなんだよ神ランクって。
ピピピピッ。
しばらくするとタイマーとレンジが同時に鳴った。窓際に置いていた魚もなぜか焼き魚になっていて食べごろだ。
『おーできたできた。ニツキ、朝飯食おうぞ♪』
俺の顔をじぃーっと見つめながら、手と足をパタパタさせている。これは何の指示だ。ご飯を持ってこいっていうジェスチャーか?
試しにご飯を取りに行くと案の定パタパタが加速した――コノヤロウ。
「はぁ……」
『今日の飯はうまいぞ。雲海のスープに雷土のグラタン、空魚の御来光炒めじゃ』
「なんか名前は天界チックだな」
『味も天界級ぞ? んーうましうまし』
「いやいや、インスタントだし冷凍食品だし、大したこと無いだろ」
半信半疑で雷土のグラタンとやらを口に入れる。
その瞬間、全身に衝撃が走った――
「へ?」
『おう、ニツキ。起きたか』
時計の針を見ると既に昼の12時を回ろうとしていた。不思議と腹はパンパンだ。
『しかしお主の食べっぷりはすごいのう。1000年の刻、肉にありつけずに飢えに飢えたケモノのそれだったぞ』
「うそ……」
グラタンのあまりのうまさに痺れたところまでは覚えているが、その後の記憶がない。
「でもなんで……」
『「ッンウマい。ッンウマい」と言いながら飯を食いまくり、最後には疲れ果てて寝ておったぞ。昼食うか?』
そんな奇声を俺が発するわけないだろ、と言いかけた所で余計なことに海馬が俺の奥底に落ちいてた記憶の断片を拾い上げた。顔の紅潮を余儀なくされる。
「いや、いい。もう全部忘れてくれ……。それより小説を書かないと」
『プロットはできたか?』
「プロット?」
『まぁストーリー展開のようなものじゃ。闇雲に書くと矛盾だらけの文章になるからの』
「そうなんだ。まだストーリーのぼんやりとしたイメージしかできてないや」
『ほう、どんなストーリーじゃ?』
「ファンタジーを書きたい。それも転生とかチートとかじゃなくて、全く新しいファンタジーを」
『流行に逆らうと?』
「そのつもり」
『ふむ。小説家は本が読まれてなんぼ。流行に逆らうことは、それすなわち茨の道を意味する。全く読まれん可能性もあるんじゃぞ』
「覚悟はしてる。でも、素人の俺には読者に合わせるだけの技量なんてない。俺は俺が面白いと思う小説を全力で書くことしか出来ないんだ」
『なるほどな。やはりお主は面白いのう』
1月14日――プロットの完成。
ようやくプロットが完成した。予想よりも大幅に時間が掛かってる。もう全然時間がない。
「こんなペースじゃ……。今すぐ書き始めないと」
『いや、今日はもう寝た方がいい』
「え? でもそれじゃ締め切りが」
『小説は作家が書くものじゃ。その作家が疲れとったら面白い小説など生み出せん。それに体を壊して書けなくなったら元も子もない。体調管理も作家の仕事の内じゃ』
「確かにそうだけど」
『あと、創作日記も書いておくと良い』
「創作日記?」
『小説を書いていたら中々進まなくてしんどい時が何度もやってくる。じゃが、作家は孤独じゃ。誰も助けてくれん。日記はそういう時の心の支えとなる』
「でも……」
『気分転換じゃよ。一言でもいい。今日までのこと、これからのことを記録しておくのじゃ』
時間はない……が、確かに日記は精神衛生上良いかもしれない。
とりあえず『ただの創作日記』とタイトルを書いて、この5日間のことをざっくり記した。
ここに毎日の出来事を記録しておこう。もしかしたら小説に取り入れられそうなアイデアが出てくるかもしれない。恥ずかしいけどご飯が美味すぎて気絶するくだりは入れようかな。どこかに【秘密のアイデアメモ】として残しておこう。
1月17日――停滞。
プロローグが全然終わらない。
俺は幼い頃から大量の漫画を読んで妄想力を鍛えてきた。その持ち前の妄想力でファンタジーの描写もスラスラと書けると思っていたんだ。でもそこで待っていたのが、
推敲地獄
文章に納得がいかない。読んでも読んでも滅茶苦茶な表現に嫌気がさしてくる。こんなもの放っておいて先に進めばいいものを、変に真面目な性格の俺は上手く切り替えることができなかった。俺は試験の問題を頭から順に解かないと気が済まないタイプなのだ。
次第に難解な文章に収束し始めた。普段使わない表現をふんだんに使って書き殴ってしまっている。明日からはこれ以上の推敲は避けて、思い切って先に進む。とにかく今はコンテストに出す事が先決だ。
1月26日――不安な夜。
作戦が功を奏した。ここ数日は(執筆の慣れも相まって)スラスラと書けている。ただ、プロローグに時間を掛けすぎた。まだ5万字しか書けてない。残り、6日で5万字はかなり厳しいペースだ。
『調子はどうじゃ?』
「小説を書くのが楽しくなってきた」
『そうかそうか! お主やはり才能あるぞ。このヒロインなんか最高にかわいい。やはり大事なのはギャップじゃな。最初はずぼらだった子がまさかこんなに……』
「あ、それは……」
『ん? なんじゃ?』
「いや、なんでもない。それより時間が足りないんだ。このままじゃ終わらない」
『大丈夫じゃ。徐々にペースは上がっとる。諦めるでないぞ』
「諦めないよ」
言葉を乗せた音がいつもより震えていた。終わらなければ死ぬ。それが現実を帯びてきている。不安で押しつぶされそうになりながら瞳を閉じた。
――泣いても笑ってもあと6日。
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