楽しいか、楽しくないか。
ツバキ丸
楽しいか、楽しくないか。 本文
「もう、ほっといてくれよ‼︎ 」
渚が、泣き叫ぶ俺をビックリしたような目で見る。
「練習なんてしなくても勝ち続けられるお前に、練習しても練習しても勝てない俺の気持ちなんかわからないだろ!」
陸と書かれた大会のTシャツが、風で少し揺れている気がした。
窓が開いていて、声も外にダダ漏れだ。
俺はそんな事もお構いなしに、ただただ渚や周りの物に怒りをぶつけた。
鏡を叩き落としたり、壁を壊したり。
「もう、俺の目の前から消えてくれよ………」
今の俺は、周りから見たら多分鬼だ。
自分の利益のために他者をおざなりにする、バケモノだ。
でも、俺は決めたんだ。
プロゲーマーになって、自分を見下して来た奴らを見返すって。
その為なら、何だってしてやる。もう、後戻りはできない。
数秒の沈黙の後、渚は口を開く。
「りっちゃんは、ゲームが楽しくないの?」
感情の読めない表情に、俺は拍子抜けした。
「楽しいよ。勝てたら、な。」
俺は意地を張った。でも、本当は少し怖かった。
嫌われてしまうかもしれない、と。
渚とは小さい頃からずっと仲が良かったから、居なくなるのが少し怖かった。
ゲームを始めたきっかけも、渚が一緒にやらないかと誘ったからだ。
ゲームは楽しいと思う。
「最近は、全然試合に勝てなくて、楽しくないけど。」
その言葉に、渚は何故か泣き出してしまった。俺は驚いた。渚を泣かせてしまった罪悪感が芽生える。
「りっちゃん………。ゲームって、楽しくやらないと意味ないんだよ。だって、"ゲーム"なんだから……。」
———脳みそを銃で貫かれたような気分だった。
俺は、一番大事な事を忘れていたのだ。
ゲームは、『楽しくやるため』に作られたもの。
キレたり、泣いたり、物に当たったり…………
今までの馬鹿な自分に怒りを覚えた。
でも……それでも。
俺は、素直になれなかった。
「そう、だけど………」
「もうお願いだから、元の優しいりっちゃんに戻ってよ………‼︎」
泣き崩れる渚を見て、俺は思い出す。
なかなか勝てなかった、初心者の頃の自分が、勝てなくでもゲームをやっていたのは、『楽しかった』からだ。
俺は、そんな当たり前のことを、ずっと頭の中から消してしまっていたのだ。
「………ごめん。」
渚に伝える。
もうダメかもしれないけど、それでも。
ふと、俺は近くにあった鏡を見る。
俺が、八つ当たりをして壊した鏡。
そこには、鬼から戻った俺の姿が映っていた。
楽しいか、楽しくないか。 ツバキ丸 @tubaki0603
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