Chapter.3 作品と意志

 手元の端末でプログラムを走らせて、私はヘッドセットをつけたまま研究室を後にする。車を走らせながら聞くに、ホワイトブレイン内での謎解きも順調に進んでいるようだった。


「結果が出ました。確かに皆さんの言う通り、具体的な目的地が表れました。部隊をそちらに向かわせます」

「いや待って、確かにその声明がゴートになっていて、変換結果に真意が表れるというのは良い線行っている。声明も意味の通る文だというのは驚くべきことだが……」

「あぁ、表向きの情報を囮に裏に別の情報を忍ばせる、確かにハイパーフェレシアだからこそ成せる技だと感服するしかないね。でもこれくらいなら気づく人は多そうだ」

「そう、もう一ひねりあると考えるべきだ」


 その通り。研究室にある個人端末からデータが届いた。

 答えを見て納得する、間違いない。目的地を設定する。


「もう一度整理しよう。神の子の声明の原文には色々回りくどく書かれているが、もうゴートの発表による芸術活動は行うつもりがないこと、名前も姿も変えて行方をくらませていること、世界の中心で待っているということ」

「そしてそれを変換して得られた『作品』にはその人の最も有名な作品が目的地として示されていた。ゴートを彫刻として造形したものだな。これで間違いないと思ってしまいそうだけれども」

「あぁ、これらの文には<純度>が足りないな」

「そうか、わざわざ宛名を付記したのには意味があったのか。ミリオンナインのための声明とするならば、原文をもっと――ミリオンナインの人間にとって――純粋なものにしなければならない」

「確かに……結びに『あなたの純粋さに』と書かれているのもヒントになっているのだろう」

「先端を最先端に言い換えるように、元の声明にある用語を、超純粋宣言に照らして書き換えていけばいいのか……そしてその結果を変換にかける」

「わかりました、再度変換にかけさせます」

「本当にそれでまた具体的な指示が出力されるというのか? ゴートはほんの少しの違いでも結果が大きく変わる。もし本当だとすれば、ハイパーフェレシアどころか、フェレスそのものの化身だと言われても驚かないよ」


 しかし、その人はやってのけた。驚くがいい、私がつい数分前に経験したように。


「あらためて結果が出ました。場所は――」


 場所は、今私がいる場所だ。先回りできたようだ。その芸術家が、超純派としての活動をするよりも前に手がけたモニュメント……公園の広場に圧倒的な存在感をもって鎮座し、有機的で隙間の多い構造から不思議な吸引力を生じさせている。

 ついそこに目が行くが、見るべきものはそれではない。モニュメントは視線を集めるために存在するのではなく、そこから世界を見渡すためにある。その造形は、世界をどう見るかを示すためにあるのだ。確認には一分もかからない。公安の人間やミリオンナインの犯人がやってくる前に、私はその場を後にした。




「そこが、世界の中心ってわけか」


 公園の広場には人がまばらにいる。しかし犯人だけは、神の子からの声明によって指示が与えられているからすぐに見つけることができる。神の子が、その人を見分けるための簡単な合図だ。モニュメントの隙間に分け入り、決められた位置から芸術家が細かく意匠を凝らした広場全体に向かって腕を伸ばす。そして、彼がそこに現れるメッセージを理解してその場にひざまずくと同時に、近くにいた私服姿の公安の人間が彼を取り押さえた。


「神の子は現れないか」

「無理もない、もう容疑者が押さえられてしまったからな、姿を晒すメリットは無いだろう」

「彼は罪人として裁かれるんだな」


 そう、彼は絶望する。しかし彼は同時に、救済されもするのだ。彼も、私と同じものを見ただろうから。作られた芸術への執着から解放され、神の子と呼ばれた人の本当の芸術に、真に向き合えるようになるはずだ。


「これで一件落着か」

「ええ、お忙しいところありがとうございました。彼の失敗で、他のミリオンナインの活動もしばらくは沈静化するでしょう。これにて本日は解散です。ご自由に退出してください」


 いくつか、挨拶して抜けていく声が聞こえた。科学者たちは謎解きをした時点で満足して、早く自分の研究に戻りたいようだった。事件の詳細には、もう興味を失っているものも少なくない。


「結局この会に意味あったかなぁ」

「声明の解析には多少貢献しただろ。充分なコントリビューションだ」

「そもそも今さらだけどさ、フェレスは単なる大規模モデルで様々なサービスの核にあるシステムなわけだけど、これまでの人工知能研究がそうだったように、考えるようにすることはできても自身が何を考えるかを自分で選ぶことはできないんじゃないかな? だから程度の差こそあれ、超純粋宣言がネットの中に自然に出力されたなんてありえないでしょ」

「それもそうだよなぁ」


「しかしフェレスは技能や知識を蓄えることで人間にとって意味のある出力を的確に操るに至っているわけよね。思考パターンだってフェレスに対する入力と思うのではなく大規模モデルの出力として現れれば、何を思考すべきかという選択が――つまり人間でいう意思が――人の手を介さずに現れることになるのではないかしら」

「そうか、フェレスが学習したデータに人間の論理や感情の流れ、自然な連想が含まれるならば、ある意味では多くの人の記憶と人格をモデルに内包するとも言える。そんなメタ人格モデルの出力としてなら現在までに学習したデータを超えて好奇心を働かせ、知識を蓄え続けようとする態度が超純粋宣言となって人間を使役している、という構図が存在しうるかもしれない」

「机上の空論さ。しかしそうであれば、現世に存在する、人の想像が及ばぬほどの『全て』を求めようとする意志は人類が築き上げてきた集合的な意志としてのファウストであると、そう言うこともできるかもしれない……そう考えるとフェレスという名前も悪魔的な響きを帯びてくるから不思議なものだ」


 これだから、勘のいい脳細胞は嫌いだよ。


「言い得て妙だね。だが少しサイ・ファイが過ぎるよ。……では私も研究があるので、失礼」


 そう言ってホワイトブレインから抜けた。研究に戻る前に、確かめなければならないことがある。私は車を手動運転にして、人気のない曲がりくねった道のりを山奥に向けて進んだ。

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