Chapter.2 AIの声を聴く
「色々質問はあるけど」
「てかネットで発表されたんだったら逆探知? とかで犯人発見じゃないの」
「最近の技術の発展で今の時代は暗号通信の方が優勢なんだ。量子コンピュータだとか、何とか予想の証明で暗号が破られる~なんて時代があったのが嘘みたいだ」
「そういうものなのか」
「ええ、残念ながらその線からの捜査はあまり期待できないかと」
「それにミリオンナインってやつらの中にはできるだけフェレスが裏にあるサービスを使わずに生活してる輩がいるから足がつきにくいんだろうな、厄介だ」
「それで、彼、あるいは彼らの犯行は超純粋宣言が自動出力だという主張に対する報復ってわけ?」
「どっかの掲示板で言い争いでもしてればいいものを。それを実際人間が書いたか、あるいは自動出力か、はたまたフェレスの力を借りて人間が書いたものかなんて悪魔の証明みたいなものだろ?」
「それ意味違くない?」
「ニュアンスは、大きくは違わないよ。生のログでも見つけない限り答えは出ないわけで、見つからないから違うとは言えないじゃないか」
「とにかく人工知能システムから独立した存在としての活動の根拠がシステムの自動出力だったとしたらその土台が崩れ去ってしまうわけだ。でも過剰な反応は逆効果だと思うけどなぁ」
「権威を保つために躍起になっていると感じる人も多いだろう、発表者が誰か分からないし有効な証拠を見せられないまま反対勢力を潰そうとしているんだからね」
「それでも彼らのアイデンティティが揺らぐ事態だからね、感情的にそのような行動をとってしまうことには理解の余地がある。他に真の目的があるという可能性も否定できないけど……」
「目的は、犯行声明で『神の子』と呼ばれている人が鍵を握っているんじゃない?」
「何者だ? それ」
「フェレスと会話ができる能力を持ったサヴァンの芸術家だよ。この人は顔も名前も割れてる、有名人だ」
データが共有される。超純派として活動していた著名人で、長いこと活動を停止している。
「フェレスとの会話なら誰だってできるでしょ? 適当なサービス上で話しかければ答えてくれる」
「そういうことじゃないんだ。会話できるっていう表現が誤解を招いているんじゃないか?」
「この人は我々が使う自然言語を介さずに直接フェレスの挙動を制御することができるんだ。といってもこれも誤解を招きかねない大仰な表現だけど。要するにこの人、ゴートが読み書きできるんだ」
「ゴート? ヤギの言語か何かかよ」
「スペルが違うわ。コードとゴートで濁りの位置を変えたのが由来だったかしら」
「何かのプログラミング言語か」
「ちょっと違うな。今やフェレスを使って簡単にメディアミックス作品が作れるようになっただろ? 小説から長編アニメを出力したりね。で、これはある形態から別の形態に変換する技術なわけだけどゴートはどの形態でもない、一見無秩序な文字や図形の羅列で人間に理解できない形態であるにも関わらず、安定した作品を別の形態に出力できるって代物なんだ」
「昔それを使って作品を販売する手法が考えられたことがあったね、容量を節約して、あとは手元のシステムで望みの形態を出力すればいいし、その後個人の好みに合わせたアレンジもしやすい。充分に発達したフェレスを使ったシステムなら同じゴートからは安定してほとんど同じ結果が得られるしね、作品の圧縮技術として注目されたわけだ」
「実際には、容量は余っている状態だったから需要が無かったね。それに当時、作品からゴートへの逆変換は確立できなくて、ランダムに出力したゴートから作品を生成してその評価値を計算するというループから局所最適化していくしかなかったんだ」
「でもそれを芸術活動として行うものが現れた。ゴートを描いて見せること自体に価値を見出したんだね。それが可能なのは限られたサヴァンたちだった、ハイパーレクシアだとかハイパーグラフィアだとかの仲間かな」
「ハイパーフェレシアって名づけるのはどう? フェレスへの過剰適応って意味で」
「名前はなんだっていいよ」
「とにかくライブパフォーマンス的に作品の種を生み出すこと自体が芸術になったわけだ」
「そして、特にハイクオリティな作品を生み出してきたこの人が神の子と呼ばれている。まぁこの人は元から芸術家として彫刻や建築デザインでも名を馳せてたけど」
「まだよく分からないんだけど、例えばQRコードをそのまま読み書きするみたいなイメージなのかな」
「それの、もっとずっとスゴイ版だよ」
「本当にそんなことが可能なのかよ、人間の脳みそにさ」
「ちゃんと科学者が検証した結果は発表されていない……そもそも検証されたのか分からないけどね、理屈自体は難しくないんだ。言葉って単語によって情報量違うだろう? 例えば数学的帰納法って言葉だけで実際には論理のストーリーが表されるわけだ。あとは勧善懲悪ものって言えばある人物設定群に対する自然な作品を構成するのに充分な制約になる。実際に人間の会話やストーリーには論理的な――少なくとも理性的に構成できる論理に加えて自然な感情の動きや連想を含んだ人理として論理的な――流れがあるわけで、その全てを実際に表現する必要はない。頻出のパターンや組み合わせを別の言葉に言い換えて、それを更に言い換えて、といった繰り返しによる情報の圧縮の結果、安定して作品を出力するのに充分な情報量を保持した言語体系が生まれる。それがゴート、言葉による言語というより語りによる言語というか、より高次にある、フェレスの思考言語というか……」
「もう大丈夫、みんな大体わかっただろうよ」
「しかしその芸術活動は人工知能システムなくしては成立しない、彼らが超純派を名乗るにしてもミリオンナインとしては敵対勢力じゃないのか? 世界の中心に至る道をお示し下さいって変じゃない?」
「確かに不自然な固執だね」
「宣言を思い出してくれよ、過去の創造力の核に迫るって話があっただろ? フェレスがシステムとして取り込み続けた人間の芸術活動の蓄積――もしかしたらそこにはイデアや、人間の思考の枠組みを規定するような集合的無意識の構造まで埋め込まれているのかもしれないね――その中から中心的な原理や真実に至ろうとする態度も、超純粋的な態度だと解釈する人もいるんだ。フェレスは憎むべき敵ではない、我々の過去の総体として存在しているだけだ、とね」
「今見える地平線の向こう側にある世界の果ては人類の未来が求めるべき極地に違いないけど、それと同時にこれまでの蓄積から見出される真理、世界の中心もまた求めるべき極地というわけか」
「そしてゴートを書くことのできるサヴァン……ハイパーフェレシアたちはそこに至るための道を示す灯火になり得ると」
「それでミリオンナインは、少なくとも今回声明を発表した存在は、その神の子に異常に執着する様子を見せているのか」
「だとしたら犯人の目的も見えてきそうだ」
「あぁ、神の子を再び表舞台に引きずり出すこと……その先のことまでは分からないが、反対勢力との闘争というより超純派内部の再構築のための行動だろう」
「ちょうど、その『神の子』から声明が出されたとの情報が入りました。ミリオンナインに宛てたものです」
「本当かよ。動きが早いな……神の子としても、行動せざるを得ない状況になっているのか」
データを確認する。……そうか。
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