フェレスの地平

経口燈

Chapter.1 雑談する捜査

「また招集か。本当に意味あんのか、この会」

「あらいいじゃない、あたし好きよ。頭の良い人たちとの雑談や謎解きは刺激的だもの」

「おいおい、俺はこれでも事件が起きて俺たちが集まらないといけない状況に胸を痛めているんだぜ」

「正直、公安が全部やってくれればいいだろとは思うけれど」

「まぁ我々はこうすることで安心して研究させてもらえているわけだからね、特権に比べたらこのくらい、何のコストでもないだろう」


 実際ここに集まる名前無き声たちは、表向きは一般の一流研究者だ。それでもポストや予算なんかの厳しい競争にさらされているわけだが、裏で公安に協力することでそういった競争において優遇されている。

 私も研究室からヘッドセットをつけてこの集会に参加している。筋電や口の動きの認識によって、実際に声を発することなく音声を入力できるこの装置は便利だ。タイピングよりも速いから、論文の執筆にも重宝している。


「それにしてもホワイトブレインっていう呼称はどうにかならないのかよ、この国のお偉いさんはほんとセンス無いよな」

「どうせ単にホワイトハッカーからの連想でしょう? 私の灰色の脳細胞が泣いてるよ」

「しかもブレインズでもブレイン集団でもなく単数形のブレインと来たもんだ」

「いや、僕らの声は聞きやすいように適当なキャラづけがなされているけど、本来の声質や口調なんかの情報は全て一旦漂白されて皆に聞こえるわけだし」

「それに我々に単数形としての呼称が与えられているのは示唆的じゃないかな」

「というと?」

「自分たち一人ひとりは頭脳ではなく脳細胞ってことさ。我々は集団として一つのシステムであるかのように振る舞うことが期待されているってことだよ。機械的な計算システムや大規模モデルに頼るだけでなくわざわざ人間たちの、それもかなり優秀な人間たちの思考をこうした大人数の自由な雑談の場に求めるのは、単なる可能性の提案やデータベースとしての役割以上に結論の出力が求められているからじゃないかな」

「私に言わせれば昨今のシステムによる機械の提案も、個人の思考も集団としての結論も、価値としての違いは無いのだがね」

「まぁ体裁だけでも人間の結論が欲しい連中もいるんだろう」

「超純派に似ているね」

「超純派って何?」

「きみ、ニュースくらい見た方がいいよ。最近話題になっているだろ?」


「その通りです。本日皆さんに協力していただきたいのはその超純派に関連する事件、ミリオンナインの活動についてです」


 ようやく私たちの上司の声が聞こえた。

 何故かいつも一人だけ敬語だ。それで区別をつけているのだろうが。


「と申しましてもミリオンナインは集団ではなく、一部の芸術活動家が思想への帰属意識を表すために作品や声明に付している記号ですが」

「最近、その超純派を名乗る芸術集団の思想的根拠となっているがフェレスを内面化するシステムによる自動出力なんじゃないかって主張が話題になっていただろう?」

「そうした主張をした芸術家の作品が先ほど爆破されたという情報が入ってきたのです」

「なんと!」

「一部のミリオンナインは活動を激化させていまして、先の事件を発端に近々大規模な行動を起こすと見られているのです。我々はこれに対応していくため……」

「待ってくれ、順番に説明してくれないと」

「もう少し社会に関心持ったら? これだからエゴイスティックな科学者は」

「ギスギスするなよ、ブレインが聞いて呆れるぜ」


「もういいだろ、僕が説明するよ? 近年の芸術活動を語る上で超純派というのは重要なキーワードなんだ。フェレスは使っているだろ? 今や文化的な活動や社会のインフラに至るまで各種サービスの土台となっている超大規模モデルさ。芸術に関してもこれまで人類が積み上げてきた膨大な作品群からノウハウや技、作風をも学習して自由自在に出力できるんだな。それで、そうした人工知能的システムによる創作能力の限界を超越していくことに芸術活動における純粋な人間性を求めたのが超純派を名乗る芸術家たちだよ」

「芸術家たちが他者や未来からのラベリング無しに自らの活動を明確な名称とともに位置づけるのは珍しいことに感じるけど、それも随分強力になったフェレスの影響なのかもね」

「それで超純派が名乗られるきっかけになったのが超純粋宣言ってわけね。どういうものなの?」

「超純粋宣言はある小さなウェブサイトに掲載されていただけの文章なんだけど、複数の芸術家が同時期に紹介したことで広まったんだ。内容は大体こんな感じ。近年、人間の営みが一つのモデルに取り込まれ、それは世界を覆いつくそうとしている。人間はそのモデルの見せる地平の果てを目指して活動を続けることで真に人間であり続けることができるのだ。我々の過去が作り上げてきた創造力の核に迫るとともに、人工知能システムが描く最先端と無秩序の狭間にあるまだ見ぬ芸術の可能性に賭け、超越していくのだ。もはや安寧の地は無い。常に向上の努力を成し、人よ、純粋であれ」

「元の文はもっと長いけど大事なとこをかいつまんで言うとそんな感じだね。読んでみるといいよ」


「つまり芸術活動に生きる人間の価値を新規性の追求に求めているわけか、研究みたいなものなのかな」

「しかしそこに純粋という言葉を使うのはどうなんだろう」

「難しい概念だよね、辞書的には混じりけが無いってだけだけど、人間の在り方や活動を純粋という言葉で評しようとすると途端に分からなくなる」

「だから超純派も一枚岩じゃないんだろう? ミリオンナインみたいにさ」

「ミリオンナインっていうのは元々は超純粋宣言に登場する言葉なんだけど、特に公共の場での破壊的表現を伴う――例えば爆発を伴う危険なパフォーマンスや人間の体液を使った絵画など――過激な芸術作品を展開した活動家が最初に使ったから、そういう一部の超純派の肩書きのようになってしまったんだ。元々は半導体素子製造に使う素材の純度を表すパーセンテージに9が十一個も並ぶのをイレブンナインと言うんだけどそこからの連想だな」

「へぇ」


「それで、その過激派が何をしでかそうっていうんだい?」

「こちらをご覧ください」

 公安の人間である上司は、焦る様子もなくおしゃべりな脳細胞たちに情報を提供する。

「先ほどネットで発表された声明です」


 そこには無機質なフォントで超純粋宣言が人のものであること、自動出力だと主張するものに容赦はしないこと、そして、「我が愛しの神の子よ、世界の中心に至る道をお示し下さい」という結びの文が添えられていたのだった。

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