伊香保道中膝がくがく

無雲律人

1.始まりは友達同士のノリと勢いで

「あー、最近疲れが溜まってるわー。暇なのにー」


 二十代前半のある日、専門学校時代の同級生である平沼慎之助ひらぬましんのすけ君と飲みに来ていた私はとても怠かった。当時は作曲家を目指す自由業……というより無職で、とっても暇だったのです。ちなみに、平沼君は学生時代から続けていたバイト先に未だに居座るフリーターでした。


「そんなに疲れてるならさ、温泉行かない?」

「はぁ? 温泉!?」


 平沼君から唐突に温泉に誘われてしまった私は、さすがに動揺しました。


(いくらなんでも、男子とふたりきりで温泉なんてよろしくないだろう……)


 これはデートのお誘いなのか? それとも私の事を女としては全く見ていないあれなのか? 判断に迷りましたが、ここで困った時の一撃をくらわす事にしました。


「丸田君も行くならいいけど?」


 丸田君。


 そう、丸田君はいつだって私たちの良きクッション材。人畜無害でチャラくもなくとにかく真面目。少しの不正も許しません! くらいの勢いがある真面目人間丸田紀一まるたのりかず君。四人兄弟の長男である丸田君は、それはそれは面倒見も良く、立ち位置で言えば私のお兄ちゃんでした。ちなみに、平沼君は身体も心も大きい包容力に溢れる人間だったので、立ち位置的にはお父さんでした。同級生を保護者に見立てている私は、年の離れた姉兄を持つ生粋の末っ子でした。


「え? 丸田も誘うの? ならさ、日帰りで伊香保でも」


 丸田君がいなかったら泊りで行く気だったのかよお前。というツッコミはしないでおきましたが、丸田君と三人で伊香保温泉に行ったら楽しそうだな、と直感で思いました。そもそも私は伊香保温泉に行った事はないのですが、平沼君が言うにはJR高崎線に乗っていれば最寄り駅まで行けるそうなのです。


 平沼君は宇都宮線が最寄りで、丸田君は高崎線が最寄り。私は総武線が最寄りなので、どう考えても私が一番遠かったけど、暇潰しにはなりそうだったので、この話を進めることにしました。


 その場で丸田君にメールをすると、やっぱりその時はフリーターだった彼から「行く行くー」とあっさりと返事を貰えました。そうして、男二人、女子一人の伊香保珍道中は幕を上げたのです。

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