十三 臨瞳
うしろで、グワンの気配が躍っていた。いつぞやのメイみたいだ。そのときと同じで、軍議用の卓子を挟み、ウェイゴンの命令を受けている。人払いされて、周囲に
「第一蛹は、巫女さまのおそばを離れてはならない。危険からお守りするは無論のこと、不用意に近づく兵がおらぬかにも注意してほしい」
「はい」
「巫女さまには、われらを導いていただかねばならぬ。第一蛹で、しかと守れ」
「承知仕りました」
ザオの返事にウェイゴンはうなずいた。
第一蛹は、みこさまに護衛として同行しロウゲツ国に向かうことになった。そのせいでグワンはどうやら、やけに喜んでいる。
「でも巫女さまって、あんなにお話しになるんだな」
ふとウェイゴンがつぶやいた。急接近口調である。しかし慣れたものなので、ザオは動じずにこたえた。
「そうですね。わたしも、叫んでおられないお声をあんなに聞いたのは初めてでした」
「わたしもです」
一日じゅう近くにいるメイも言った。あんたもか、とウェイゴンが意外そうな顔をする。メイが、あんたもなんです、と応じた。笑っていたヘイエが不意に、隊長、と呼ぶ。顔を向けたウェイゴンに問うた。
「本当に、巫女どのをお連れするおつもりがなかったのですか」
のんびりした口調でぶつけられた質問に、ウェイゴンがにやりと笑った。ザオは思わずヘイエを振り返った。なんの気負いもなさそうな顔をしている。
「そんなわけねえ」
ウェイゴンはあっさりと否定した。ザオは、今度はウェイゴンを振り返った。
「巫女さまには士気を上げていただく必要がある。建国時代の巫女さまも、旗を振っておいでだった。同じようにしてくださることを、みな期待している」
「ではあれはすてきな演出ですか」
「リョウ蛹士。すてきな言い方だな?」
「お褒めいただき光栄です、隊長」
ヘイエとウェイゴンは皮肉っぽいやり取りをしながら、微妙に笑っていた。
「そうだな。演出だ」
ウェイゴンが言った。自分にあきれたときのような言い方だった。
「お告げがあり巫女さまが動けない状態になられたあと、ここに留まっていただくように申し上げた」
「天命を受けた巫女」の中に、ロウゲツ国攻めに同行しないという選択肢はないはずだ。だから、あなたはお留守番ですと言われれば、身体がつらくてもとんでもないと立ち上がるのが当然と言える。ウェイゴンはわざとみこさまに留守番を申し付け、それを利用して演出をしようとしたのだ。自分の身を危険にさらしてでも戦う覚悟がある「巫女」に、
「わかった顔だな」
ウェイゴンが少しだけ、笑みを浮かべる。
「しかしそれだけではない。確かめたかった部分がある」
ザオは思わず眉を寄せた。
「巫女さまが本当に天命を授かっておられるのなら、必ずともにおいでくださるはずだ。それを確かめたかった」
ほうほうとヘイエがうなずく。ウェイゴンは苦みを含んだ笑みを深めた。
「でもな。うちの軍を攪乱したい間者でも、絶対ついてくるんだけどな」
「確かにそうですが隊長。巫女どのに鎌をかけて演出をしたのなら、本当はわれら第一蛹も置いていくおつもりはありませんでしたね。それなのに巫女どのとここに残れとか命じましたね。われらには先に教えてくださってもよいのではないですか」
「なんで四人さんだけ例外なんだよ。巫女さまのお覚悟に感動してもらわなきゃいけない兵士だろ」
「ではこんな話を聞かせてどうするのですか」
「それはすまん」
「隊長は、いろいろとこんがらがっておいでなのですね」
「リョウ蛹士。口を慎むな」
「仰せのままに」
天命を授かったという「巫女」を、心から信じることはなく利用しようとすることは、ウェイゴンにとって心が痛むことなのかもしれない。この話をするために、人払いをしたのだろうか。いつも眼光鋭い隊長だからといって、どんなときでもそうあらなければならないことなど絶対にない。
「ソン
ウェイゴンに呼ばれて背筋を伸ばす。ウェイゴンはうしろの三人も順番に呼び、鷹のように鋭く光る目で言った。
「みなが巫女さまをお守りする。しかし第一蛹は、最もお近くに配置する。必ず巫女さまをお守りせよ。われらにとって、かけがえのないお方である」
「御意」
ザオはウェイゴンの目を真正面から見てこたえた。
***
ウェイゴンの前を辞し、四人ともなんとなく黙ってしずしずと建物を出た。ザオとメイは、また中に入ってみこさまのそばについておくのだが、とりあえず形式的に出た。ウェイゴンと話があったので、今はシュエがみこさまのそばにいる。
隊長の命令を受け、第一蛹も正式にロウゲツ国攻めに参加することになった。戦だ。生まれたときからずっと戦に囲まれていたが、戦うのは二回目、二年ぶりだった。十六のとき、エンヨウ帝国が攻めてきて、戦った。
「あの人ほんとに上手だな」
ヘイエが沈黙を破った。
「上手?」
メイが怪訝そうな顔をする。ヘイエはゆったり微笑んでうなずいた。
「できる上官はごくたまに、部下に弱みを見せるんだよ」
「ええっ?」
メイが悲鳴を上げた。ザオは、正面から身体を押されたような気がした。うしろに地面がないのに。
「何? わたしたち見せつけられたの?」
「さあそうじゃないのか」
「えぇぇっ?」
メイはまた叫び、不満げに口をとがらせる。
「そんなあ? そうだったらどうしてくれるの? だって何よ、隊長のあんな顔初めて見たからわたし」
「落ちた?」
ヘイエが笑ってたずねる。
「落ち……っ? なんでそんなこと言うのヘイエさん!」
「危険な男だなあ隊長も」
「なんでよ、なんでそうなるの! 違うのわかってるでしょ!」
メイは伸びあがって怒った。グワンがにやつきながらメイを見下ろす。
「じゃあなんで顔赤いんだよ」
「赤くないよ!」
「赤いじゃん」
「赤くない!」
「赤いんですけど」
「馬鹿なの?」
「馬鹿だよ」
「なんでよ!」
「おれも不本意だけど事実なんだよな」
「馬鹿じゃないじゃん!」
ごめんごめんと、ヘイエがあいだに入った。
「悪かったです。今のはおれが全部悪かったです」
ヘイエはぺこぺこと頭を下げている。確かに今のはヘイエのおふざけが発端だった。全部悪いわけではないと思うが。ザオは口を曲げて見守った。ヘイエはひどく恐縮した様子で言った。
「仲いいのはわかるけど、今ここでけんかするな」
そのとおりだと思う。メイがこくんとうなずいたままうつむいた。
「ごめんなさい」
メイの顔が赤いのかどうかは、ザオにはわからなかった。ウェイゴンの苦い笑みが、演出なのか本当なのかもわからなかった。目が合ったみこさまがどうして、小さく顔を歪めたのかも。
「おい、なんでしょげてんの」
グワンが少し焦ったようにメイを覗き込んで、メイは思い切り顔をそらした。
「なんでしょげてんのじゃねえ。おまえも謝れ」
顔を背けて下されたどすのきいた命令に、グワンは首をすくめてすぐに従っていた。
「なあ」
今は、蛹長として黙りこくっているわけにもいかない気がして、ザオは声を発した。三人が顔を向けてくれる。
「これから戦だけど」
ザオはメイに歩み寄り肩を両手で叩いて、目をのぞいた。驚いた様子でもひたと見返してくる、勝気で、素直な目だ。つぎはグワンを粗めに引き寄せて目を合わせる。なんだこいつとあきれたように、わかったから任せろと言うように、ふっとその目が細まる。最後に、ヘイエの両肩に手を置いて、まっすぐ目を見た。いつもに増して穏やかで、あたたかな目がくすぐったくなって視線をそらす。兄さんにはかないませんでした。
ザオは三人を見回して告げた。
「うまく言えないけどそういうことだから」
沈黙が降りる。
しくじったかと思ったとき、三人が一斉に笑い出した。
なにゆえ。
「何こいつやっぱり最強」
グワンがゆびさしてくる。人をゆびさしてはならないと思う。
「きまってたけどきまらないよね。なんかザオってそうだよね。でもとにかく強いよ」
メイが、よくわからないがとにかく失礼かと思われる発言をする。
「うん、ザオは強すぎだ」
ヘイエがにこにこと締めくくった。すべて解せぬ。
「巫女どののこと、しっかりお守りしような」
「そうだよザオ、こういうこと言うんだよ?」
「なあそれどういう気持ちの顔?」
ザオは強いらしかった。善意に解釈することにした。
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