<他クラスへの干渉>
ここ数週間であり得ないほどの勉強量をこなし、雨音は常に満腹の状態になっていた。学校の授業を受けて、家で問題集の応用編を見て解こうとしている矢先、先日のテストを思い出した。
「あれだけ、難しいと解ける問題を選ばなきゃだよね~」
テストの時間は限られている。基本的なところを抑えてはおきたいが、応用もそれなりに出ると考えたら、どこかを削る必要が出てくる。肝心な点数配分も分からなければ、もうぶっつけ本番しかない。
「やっぱり難しんだよね、どうしても解ける問題は解けるけど、苦手なやつはけっこうな確率でミスっちゃうからできれば、まだ解ける問題多めに出してほしんだけど…………」
まだ舟志先生に聞けるのが救いだけど、どこまで教えてくれるかもわからない。ここは実力を数値化してそこをAからEに分けられる場所で設定された基準25点に満たなかったら退学が言い渡される。Eクラスで過ごしている以上、悪目立ちだけは絶対にしたくないけど、このまま落ちていくのも嫌な気がして、落ち着かない。
「幸いどう転んでも、25点以下にはならないから安心だけど、でも…………………………」
ここで雨音理沙は思った。今、Eクラスにいてどこを目指せばいいの?何点取れば一つ上に上がれるの?考えてみたらここに入って何かを証明してなんてものは自分には全く関係ない、目立つのはAクラスやBクラスの生徒でいいと思ってたけど、実際はみんなを巻き込んでそれに従って優先順位を決めていくそんな学校だったと今ようやく理解した。
「ほんとになんて学校に入っちゃったんだろう~~~取りあえずは60点。まずはそこを目指そう!」
この点数は彼女が雨音が高校に入る前、ずっと平均に届かなかった中学時代の点数。60点でもいい、最初のテストでこれだけ取れれば十分だと思い、明日の準備をし、ベッドに寝転んだ。
「今度会ったら、一緒に勉強見てもらおう」
そんな時間もあっと過ぎ去ってしまう中、もう残り20日になった。彼女の目標は決して高くない、だができるところまでやってやるという気持ちはあふれ出ていた。
次の日も普段と変わらない授業……………………………かと思いきや、ちょっと応用や発展問題を数問解かせて後は自主勉という形の変な授業になった。当然、みんな頭の上にハテナマーク、山添くんも先生に全く分からないなんて言いながらため息の連続だった。
「先生こんな問題オレが分かるわけないでしょ!」
先生は「そうだね~~~」なんて言いながら、生徒を山添を落ち着かせていた。
「先生?これって定期試験に出てくるんですか?」
他の女子生徒からの質問もあからさまに面倒のそれから出てくる言葉だった。そう考えると自分は分かる問題があるだけでまだマシだったのかもしれないと思うようにした。
「どれぐらいのレベルが普通かじゃなくてこの発展問題を解けてやっとテストとして成り立つから、本気でやらないと………………………………この問題をどうでもいいように見るってことは、分かるよね?」
そう、先生が言いたいことはみんなわかっていると思うけれど、あえて言うと確実に退学してしまうだろうという確信的なものだと私は考えている。そこから思うに基準はEクラスじゃないってことで気付きが何人の生徒らから生まれる。もちろんそんなこと言わないでも何となくの予想はしていたけれど。
「先生が作っている訳じゃないから正確には言えないけれど、あっち側で用意されたものだからAクラスだから余裕だとかEクラスだから多分きついだろうとか、そんな話じゃなくてどのクラスが基準って訳じゃなくて、社会に出てから余裕に過ごしていけるくらいがここだって思うんだ、まあ~先生の勘だからあんまりあてにはしないで欲しいんだけど」
もっともらしい答えと共に何人かの生徒は頷いた。私も今ので間違っている気はしないと思ったけど、結局はついていけてないから関係ないとそれが現実なんだという状態に少しため息が出た。
「先生はそんな何もかもできて当たり前だなんて思わないから少しずつ理解してもらったらいいと思う。でも、今の時期難しいからそのことも踏まえて頑張ろう!」
こんなことを言っているけれど、実際これをクリアできる人間なんて限られているんだろうな~と思い、ダウナーに陥りかけた。既に諦めている生徒もいる中で私はまだ堕落するには早すぎる、そう心に言い聞かせて放課後がくるのを待った。
「……………………え~と、それじゃあ、今日は終わり!帰っていいわよ~~~テスト勉強…………そんなこと言う必要ないけれど、しっかりとね~~~!」
Eクラスのホームルームが早く終わったのもあって、早めにBクラスの教室の前に着いていた。やっぱり、ほとんどの人が真面目に努力してるんだなとBクラスの雰囲気を感じ取って思う。それでもここまでまとまっていると逆に怖い。統率が取れすぎているというか誰かリーダー的なまとめ役がいるのかもしれないし、そうじゃなくて生徒同士が話し合った末、静かな環境づくりがいいという所に行きついたのかもしれない。先生が元気すぎだからみんながそれについていけていないだけか?最後に思い浮かべたことが一番納得がいく答えだけど、それも心にしまって勉強の事に集中した。
「先生に教えてもらうっていう事で3人ぐらいいるから仮の教室でしようかなって……………………」
先生に教えてもらうのが私だけだと思ったら最終的に1人追加で4人で勉強することになった。いつもは図書館の一画で勉強しているけれど、偶にはこういうのも悪くない。先生だけが勉強する上で必要な人じゃないけど、後もう少しだけお世話になろうと思った。
「先生って何かすごいですよね」
「私は全然、みんなに勉強教えてあげてるだけだからそれ以外は何にもできてないかも」
「舟志先生は休日何してるんですか?」
「先生あんまり暇じゃないから、あんまり趣味的なのはないかも………………」
「それは失礼しました。やっぱり先生って大変なんですね」
「ウソよ、何か面白そうな飲食店があったらそこ行ったり、百均で新商品物色するぐらいよ」
「へ~~~意外と高校生みたいな趣味してるんですね、なんか意外かもです!」
生徒と会話を広げる中でどんどん先生との距離が縮まっていく。やはり、舟志先生は生徒に好かれやすいタイプの人なんだと思いながら仮教室に向かっていく。
「あなたたちは、なぜ私に聞こうと思ったの?」
「それは~~~え~~~と、先生が一番適してるんじゃないかって友達に勧められたからです!でも、そこはあまり関係ないかも」
「先生がそこまでみんなに知られていると思ってもいなかったわ、ちょっと嬉しいかも」
「先生ってしゃべりやすそうだったから、1年の先生の中じゃ一番かも………………知れないです」
「それはありがと!でも、他の先生もしっかりとした人たちだから頼ってもいいんじゃないかな?」
先生の言う事は何というかもっともらしいというか、こんな先生もいるもんなんだなとこの時の私は安堵して聞いていた。仮教室のドアを開けて少し換気してから勉強道具を広げて少人数勉強会が始まった。
「先生~この英語の問題、どこから読み取ったらいいか分からなくて、教えていただけませんか?」
「あ~~それは、ここから話の展開が変わる場所があるから、その前の5行を見とけば、When I wake up ~のところから変わるからその前ね、これでいい?」
「あ~なるほど、ありがとうございます!この方法で解いてみます」
質問しようと思う問題は今は出てこない。雨音は落ち着いて問題を解くことに専念した。
「先生?この公式①とこの公式②の使う時ってどういった違いがある時ですか?」
「それはね、まず問題文からしっかりどういう答えになるか、考えて式を使ってあげるの。まあ、両方当てはめて解いちゃってもいいんだけど、たぶん本番時間が無くなるからやめておいた方がいいかも。そのためにも条件とポイントをしっかり読み取るようにするのが大事かもね」
「じゃあ、もうちょっと公式や説明を見返してみます」
「うん!がんばってね~~~」
大体見終わると先生は私の斜め後ろにそっと上からのぞくような形で突っ立っていた。突然築いた私は…………。
「ハッッ⁉何してるんですか?私は大丈夫ですけど………………もしかして、何か間違ってたりします?」
「いや、あってるわよ。そのまま続けて……………………」
先生に見られ続けて私は落ち着くはずもない。ちょっと席を立って休憩をしようとした瞬間、肩を押さえて座るように目で語ってきた。
「先生⁉私ちょっとトイレに行きたいんですけど、どうしました?」
「前は基礎問題を解いていたのに今日は応用問題、少しでも解けていい感じに前向きにやれているかもしれないけれど、まだ全部は解けていないみたいね、フフッ」
何が言いたかったのかが分からず混乱していた私はトイレに行くことも忘れて、その場で問題集をじっと見た。先生に顔を見られるとさっきの光景を思い出して普通の顔じゃいられなくなる。先生もどこか別の生徒の方へ行ったみたいだから、少しは一息つけた。
それにしても、何だったんだろうか……………………考えるだけ無駄という言葉が頭の中で繰り返される。もはや、先生に興味を持たれていてもおかしくない光景だっただけに少し頭の中を整理してから勉強を再開した。そもそも、そこまで上の点数を狙っていない私からすれば、少し応用の問題が解ければいい。ここが実際他のクラスとの生徒との違い。
他のクラス特にA・Bクラスの生徒はそこまで慌てていない常に応用の問題を授業中に解いているからと舟志先生が言っていたから元が違う…………………………つまり、テストもよくよく考えれば、AクラスやBクラス基準で行われることが普通だとしたら…………そんなこと考えても、何も解決にならないことはよくわかっている。
それに舟志先生に聞いたところで、先生も知らなければ何の意味もない。取りあえず、今は応用を一つでも解けるように問題集と教科書を照らし合わせながらやるしかない。そう自分に言い聞かせながら2時間ほど集中していた。
「もう今日はここで終わりね!」
先生のこの合図と共にみんなは背伸びをするなりかたずけ始めた。成績がどうとか言っている人もいたけど、まずは退学に相当する点数を取らないこと。これがまず大事な要素になってくる。だから基礎部分は絶対落としてはいけない。それから応用をできたら取れるだけ取っておきたい。でも、この前の試験を受けた感じから応用で取れる問題はそう多くない。時間を使って4,5問解けたらいい感じではある。
私の目標は60点、この点数に届くかどうか正直今のところは分からない。テストの感じからしていけないことはないけど、このまま何もしないままでは、確実といっていいほど落ちる自信がある!こんなのんきな考えではダメだけど、私自身の経験が薄いから何とも言えない。
せめて中学時代、まともにテストを一回でも受けておけばよかった。
「先生今日教えてもらってはありがとうございました」
3人目が教室から出て、私もそろそろ帰ろうとした時、舟志先生がこっちに寄ってきた。普通なら何も思わないだろう、でもいつもの先生の様子と少し違った。何というかいい気分ではなかった。詰め寄って話そうとしてくる先生にさよならを言って出ていこうとした時、またさっきと同じように手首をつかまれて、体が動けなくなった。しかもさっきより強い力で………………。
「あら、ごめんなさい。少し話がしたくてあなた努力ってなんだと思う?」
突然、そんなことを聞かれてもという感じで何も答えないでいると、先生がそれ見越して語りだした。
「私は努力って今の自分だと思うの。あなたは今までどんな努力をしてきましたか?って聞かれたりするけど、それもこれも全部含めて努力だと思うの。そこでもう一度質問よ………………あなたは今までどんな努力をしてきたの?」
体に電気が走ったような気がした。とても答えにくい質問というか私のメンタルを削るような質問だった。
「そんなこと、私は、わからないじゃなくて、努力をしたかもしれないけど、結果に残る努力をしたことがありません………………」
そっと、先生の方を見ると、目をギラギラとさせていた。
「大抵の人は人生に何かを求めて努力をしている。あなたはEクラスでスタートして今の気持ちはどう?」
先生の言っていることが全く分からなかった。何が聞きたいのかそれが何に関係しているのか、考えても何も出てこない。
「先生は私に何を言いたいのですか?さっきからよくわかりません。私は………………先生とはふつうの会話がしたいです!」
「あなたの経歴みたいなものを見させてもらったわ。とても面白い…………………………とは程遠いものね」
先生が私のを履歴書のようなものをなぜ持ってるか分からないけど、取りあえず先生に応える。
「それは詰まらなくて残念ですね。そんなことを言うために私を引き留めたんですか?」
あまり考えたくないことだけど、先生は私をバカにしているように見える。なぜ⁉
「あなたは努力そのものを避けてきたから肝心な部分でいつも悪い結果を生み出して何の改善もなかった。なのにどうして高校では急に努力し始めたのか、私はそれがものすごく気になった」
確かになぜこのタイミングで努力し始めたからかは分からない、でも……………………。
「私はEクラスだと何もしていないのにつるし上げられて、ひどいことを噂されるのが嫌だったんだと思います。今までそんなことなかったので」
「確かに歳が上がるにつれて、チームワーク的なものは重要になってくるけど、あなたがそれをしようという風には見えなかったわ。私に頼ってきた時点では別に何の問題もなかった。でも、時間を費やしてあなたの勉強を見ると共に分かったことが一つあった。それはあなた自身に成長は少し見れたものの、そこからの頑張りがなく、半分諦めているように見えたわ」
「諦めては………………いません。何も諦めてなんか!私は私なりに努力します。それだけの事です!」
私はこの時初めて自分を主張したように感じた。でも、先生には何の効果もなかったと知らされる、あの眼鏡が…………。
「私は教えたことをしっかりやってもらうそれ相応の努力と結果を見せてもらわないと教えた代償として成立しないもの、それとも結局はEクラスのはずれモノだったってことでいいのかしら?」
途端に先生がいつもの先生じゃなくなり、本音のようなものが聞こえてきた。私が今まで信用していた先生の像のようなものが一瞬で崩れていった。先生には見方でいてほしかったのに………………。
「あなたにはもう、成長が感じ取れないというか、最初からできる範囲なんて限られていたのかもね?私があなたの手助けをしてあげようと思ったけど、今のままじゃ無理ね」
「なぜ、先生はセンセイでしょ?助けてあげられることがあれば、助けてもらえるんじゃないんですか?」
「先生にも選ぶ権利はあるわ、例えば………………見極めて取捨選択をするために、とかね」
先生の顔つきが段々と怖くなってきた、先生はもう見方じゃない。また自分の殻に閉じこもってしまうのはイヤだ。ここからどうしよう、頼る人は自分を支えてくれる人は?とっさに今まで信じていた人に裏切られて頭の中が真っ白になった。そう言えば、突然あることを思い出した。Bクラスの生徒が体調不良か何かでずっと休んでいると、これももしかしたら?
「いい…………です。先生に頼らなくても、自分一人でなんとかして見せます!」
「あなたにはちょっと厳しいかもね、定期試験は実際これよりも難しくなる。そこで初めてできる生徒とできない生徒の差が分かる。あなたは今のまま行けば、退学なんて道もあり得るかもね、フフッ」
先生からの衝撃の告白。あのテストよりもレベルの上がったものを解くなんて、そんなの聞いていない。それに私の事をずっと見ていた先生だから言える退学という説得力。私はテストに祈っていた希望がちょっとずつ無くなって行った。積み上げたものが崩れていく………………私が精いっぱいやったこの1か月がまた何もしなかった頃の考えに陥っていく。
やがて雨音は足に力が入らなくなりその場に座り込んだ。
「私のあの努力じゃ意味がなかったってこと?最初からちゃんとやっていれば~~~グズッ、そんなこと言われてもできないよぉ…………」
これでも精神を安定させるのにやっとだった。舟志先生がこっちに寄ってきて、こう言った。
「あなたの努力も無駄だったってことね、理沙ちゃん。精々残りの学校生活を堕落した人たちと一緒に過ごすといいわ」
「そんな………………先生、まだ間に合うんじゃないですか?あの、見捨てないで、お願い!」
それから声がほとんどでなくなっていることに気付いて、もうしゃべる気力も勉強するやる気もどっかにいってしまった。初めて、自分が無力だと気付いて涙が止まらなくなる。
「早くカギを閉めたいからでなさい!」
もう、どうなってもいいとそんな感情を背負いながら先生に言われるがまま教室を後にし家に帰って、ベッドに倒れこむようにダイブした。そのまま、雨音理沙は眠りについた。
朝、起きても精神が安定しない。お腹も痛いし、何も食べたくない。当然のように堕落しもう一度ベットに倒れこむ。
「今日学校行くのやめよ…………………………………………何で学校なんか行かなきゃいけないの?もう無理だよ~~~」
かすれた声は空気を抜いた風船のように徐々に消えていった。
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