第32話 9年前の続き
頭に当てて、本物の銃と同じように撃てば記憶の消去は完了だ。
僕は思いトリガーに指を当てた。
「どうしたの? 撃たないの?」
「僕からもいいですか?」
「なによ?」
「伊藤さんはどうしてここまで来てくれたんですか?」
どうしてこんなことを聞いてしまったのだろう?
聞いたら、この引き金はもっと重くなるのに。
「幹也が心配だったから。もう9年前みたいに突然別れるのは嫌だった。それに私はあんたを守るって宣言してたし。でも必要なかったみたいね」
伊藤さんは自嘲気味に笑う。
「そんなことありません。僕はとても心強かったです」
「嘘だ!」
突然の叫び声にびっくりしてしまった。
「え?」
「私はあんたより弱い。さっきだって守ってもらってばっかり」
「それは仕方ありません。それに僕はこの世界では最弱の部類です。それに伊藤さんも訓練したら、あっという間に僕より強くなっちゃいますよ」
「そんなことない! あんたは――!」
伊藤さんは何か言いたそうにしているが、無理やり言葉を飲み込んだように見えた。
「私は幹也のこと、全然変えられなかった。何にもできなかった。9年前も、今だってそう! 私が何かしようとしたら全部遅い! 意味がない! こんな私なんて死んじゃえばいいのに」
その言葉だけは許せそうになかった。
「馬鹿言うな! 何もできない? 意味がない? ふざけるのもたいがいにしろ! 僕が舞ちゃんの言葉と行動にどれだけ助けられたか知りもしないだろっ」
「え?」
「僕はとあるクエストで人を殺してしまった。僕が勝手なことをしたから。必死に努力して強くなったつもりだった。けど、実際は違った。誰も認めてくれない。誰も碌に褒めてくれやしない。けど舞ちゃんは違った。褒めてくれた! 助けようとしてくれた! それがどれだけうれしいことだったか、わかる? わからないよね?」
舞ちゃんは、僕の言葉に圧倒されて何も言い返せないでいた。
「正直、僕は村に逃げ帰ってきたんだ。もうがんばれないから。けど、舞ちゃんがいたから、舞ちゃんの村を守るためならがんばれる。もう一度立ち上がれる、そう思えたんだ。だから何もできないなんて言うな! だから、だから……」
どうしようもなく涙があふれる。
だめだ。こんな情けないところを舞ちゃんに見せたくない。
「だから、死んじゃえばいいなんて言わないでよ……」
もう何がなんだかわからない。
自分でも何を言ったかすら覚えてない。
ただ感情があふれ出して、僕は膝から崩れ落ちてしまった。
もう立ち上がることすらできない。
記憶を消さないといけないのに。でも舞ちゃんの記憶を消したくない。僕の傍でずっと一緒に居てほしい。そう思ってしまった。
「馬鹿ね」
崩れ落ちた僕の頭を舞ちゃんが優しく包み込んでくれた。
「え?」
「なんだ、私は幹也の力になれてたんだ。そっか、そうなんだ」
さっきと変わってすごくうれしそうな声だ。
「ねぇ、記憶を消さない方法ってないかな?」
「それは……」
記憶を消さないということは、村での生活をすべて捨てるということだ。
外の記憶を持った者はケージの中には居られない。
「わかってるわよ。でも私は忘れたくない。何より、幹也の傍にずっといたい。もう9年前みたいに離れ離れはやだよ……」
9年前の告白を忘れたわけじゃない。でも今の僕では舞ちゃんに相応しくない。でも許されるなら、また告白したい。そのために僕がやれること。
舞ちゃんと僕が一緒に居れて、しかも村の皆と離れ離れにはならない。
そんな都合のいいハッピーエンドを掴むにはどうしたらいいか。
馬鹿げた理想論かもしれない。
でも、僕は舞ちゃんを笑顔にしたい。
「魔王を倒すよ」
抱きしめてくれていた舞ちゃんの肩を掴み、目を見て言った。
「え?」
「魔王を倒せば、世界の復興は始まる。ケージの中の人も解き放たれる。そうしたら、みんな一緒にいられる」
「そんなの……」
「不安だよね。弱い僕からこんな言葉を聞かされたら、みんな鼻で笑うと思う。馬鹿げた話だと思う。でも、他の人がどう思おうと関係ない。僕がやりたいんだ。できるできないじゃない。やるんだ。僕が魔王を倒す」
舞ちゃんはうつむいて、表情がわからない。
「根拠はない。実力もない。でも決めたんだ。だから一つだけ我が儘を言うよ。僕の傍で見守っていてほしい。僕一人じゃ魔王を倒すのは無理だ。けど、舞ちゃんが一緒ならやれる。だから傍にいてほしい」
うつむいた顔からぽたぽたと涙がしたたり落ちる。
舞ちゃんが顔を上げる。泣いている。けど、その顔には太陽のようにまぶしい笑顔があった。
「うん。私も幹くんと一緒にいたい!」
9年の時を経て、やっと僕たち二人の時間が動き始めた。
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