第24話 事件の真実


「あーあ、もうおしまいか。けど、目的はほぼ達成できたからいいか」


 魔物の中から姿を現したのは舞元さんだ。

 偽りの死体はまるで最初からそこになかったかのように消えた。

 相変わらずのセーラー服姿に口元を覆うガスマスクという個性的な恰好。

 色々聞きたいことがあるけど、まず言いたいことがある。

 それは……。


「日本語話せたんですね!」

「えぇ……。まず最初に言うことがそれかよ。というか俺のことどう思ってたんだよ」


 だって今まで謎の呼吸音で話していたから、衝撃的だった。

 

「あのさ。そんなどうでもいいことより話、進めてくれない? これは一体、どういうことかしら?」


 伊藤さんがすごい形相で舞元さんを睨んでいた。

 怒るのも無理はない。

 あんな怖い思いをさせられたのだから。

 ミスティちゃんもまだ安全だという実感がないのか。僕に近寄ってきて、シャツの裾をぎゅっと握りしめている。

 そんな僕たちを見て、舞元さんは満足そうに笑った。


「うんうん。俺の計画が功を奏したようでよかった。この緊張感の状態で、一晩は過ごしてもらいたかったけどしょうがないな。なぁ? 楽しかったか?」

「それはどういう意味? もしかして私たちを馬鹿にしてるの? 本当に怖かったんだよ! 本気で死ぬかと思ったんだよ!」


 ミスティちゃんや伊藤さんの言うこともわかる。

 けど、舞元さんの口調はどこまでも本気だ。


「たしかに。怖かっただろ。そりゃあそうさ。だって本気で怖がらせてたんだから。心配しなくてももう降参だ。俺の目的は正直に話す。でもその前に。犯人を追い詰めた名探偵の推理ショーが聞きたい。どうしてわかったんだ?」


 まるでミステリー小説の推理パートを楽しみにしている少年のような眼だ。

 付き合う義理はない。けど、言わないと自分の口で真相を話してくれなさそうだ。

 名探偵じゃないけど……という前置きをしつつ僕が気づいた理由を話し始める。

 

「最初は違和感でした。この状況があまりにも常識離れしていたので。まるで映画のようだ。そう思いました」

「うんうん。それでそれで?」

「作り物のような違和感。だから最初にあの偽物の魔物に追いかけられた廊下を改めて調べました。それで違和感が確信に変わりました。この館はきれいすぎたんです」

「ああ~なるほど。そうかぁ。あれじゃあ足りなかったんだなぁ」


 舞元さんが頭を抱える。


「どういうことなの? どうしてきれいなのがおかしいの?」

 

 ミスティちゃんが困惑している。 


「あれだけ大きな魔物が僕たちを追って廊下を走り回ったんです。それなのに廊下のレッドカーペットは乱れもしていなかった。花瓶が落ちて割れたり、壁に飾ってあった武器が落ちてるだけ。足跡もなければ汚れもない」

「もしかして、それだけであの化け物の前に出たっていうの?」


 暗に、それだけの根拠であんな危ないことをしたのか? と舞元さんの強い視線が突き刺さる。


「それにもう一つあります。書斎であの魔物は舞元さんの死体の傍にいました。まるで守るように。おかしいですよね? 捕まえた獲物を食べないなんて。あんな狼の魔物の習性なんて知りませんし、もしかしたら他の目的があるのかもしれない。でも、死体の傍でずっといるのはおかしいです」

「たまたま書斎と俺の死体が気に入ったんじゃないの?」

「だってあの巨体ですよ。僕が狼だったら温室で過ごします。あそこなら食べる植物が豊富ですし、何より広々として快適ですから」

「でもそれだけじゃあ、まだ化け物が偽物だって確信する根拠としては弱いよね?」

「一番の確信はそこの扉です」


 僕は書斎の扉を指さした。

 

「なんの変哲もない扉だけど。それがどうしたのぉ?」

「おかしいと思いませんか? あの扉は人間の体に合わせた大きさの扉です。あの魔物は少なくとも僕たちを追いかける時と書斎に戻った時の二度その扉から出入りしたはずです」

「あ」


 どうやら伊藤さんだけでなく他の皆も気づいたようだ。


「そうです。あの巨体が出入りしたのなら、書斎の扉が無傷で残っているなんてありえない。それこそ扉周囲の壁ごと壊れるくらいじゃないとおかしいんです。だから僕はあの魔物が偽物だと確信できました」


 それでもあの魔物が常識外の何か特性を持って壁をすり抜けていた。なんてことだったら、もうお手上げだったわけだけど。


「すごい! すごい! あんな極限状態でよくそこまで気づけたな!」


 この事件を引き起こした当の本人である舞元さんが一番はしゃいでいた。


「次は舞元さん。あなたの番ですよ。どうしてこんなことをしたんですか?」


 舞元さんがフフフ……と意味深に笑う。


「俺がこんなことをした理由。それは――」


 僕はごくりと息を飲む。

 皆も静かに耳を傾けていた。


「それは、俺もイチャイチャハーレム体験してみたかったからだよぉぉぉぉ」


 空気が凍った。



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