第22話 謎は全て解けた

「キッチンによる前に書斎前の廊下に行きたいです。いい、ですか……?」


 立てこもっていた地下室から伊藤さんと二人で出た。

 魔物が徘徊する館。

 危険を冒してまで出てきたのは、立てこもるための食料回収が目的だ。

 ただどうしても気になることがあった。

 

「あのー。伊藤さん?」

「何よ? 勝手にいけばいいじゃない」

 

 伊藤さんは僕が危険に身をさらすことを嫌っている。

 だから今、すごくムッとした表情をしてて怖い。


「怒ってます……よね?」

「知らない。どうせ言っても聞かないんだし」

「ごめんなさい……」


 僕が僕自身を大切にしていないらしいから、代わりに伊藤さんが僕を守ってくれている。すごく申し訳ない。けれどうれしいすぎてあまり強く拒絶できていない自分が情けない。


「危なそうだと感じたら、すぐに戻るから」

「もちろんです」

「いざとなったら、先に突っ込んでいけばいいなんて思ってないでしょうね? そんなことしたら私、泣くから。泣いて姉さんにあんたのこと言いつけるから」


 それは恐ろしすぎる。あの魔物と一時ではあるが対等に戦った姉さんを敵には回せない。

 それにきっと僕が危ない目にあったら、伊藤さんは自分が身代わりになるつもりだ。書斎の隠し扉を見つけた時も、真っ先に入っていった。

 だから危険なことはできない。


「ついた」


 L字廊下を超えて書斎前の廊下へ。

 どうやら魔物はいない。だが魔物の爪痕は残されていた。

 相変わらず目立つレッドカーペットがきれいに敷かれている。

 壁に飾られた武器は、ことごとく床に落ちていた。

 

「箪笥も倒れて、花瓶は割れて散らかりっぱなしだ」


 声はなるべく静かに。

 床に散乱したものを踏んで物音を立てないよう慎重に廊下を観察する。


「温室も変わってない、か」


 温室に続く廊下も開け放たれたまま。その扉から見える温室も別段荒らされた形跡はない。

 やっぱりそうだ。

 きれいすぎる。


「Guuuuuuuuu」


 全身に鳥肌が立った。

 危険なことをしないようにと、僕の手をつかんでいた伊藤さんの体もびくっとこわばった。


「大丈夫です。たぶんあっちの書斎の方からです」

「寝息、なの……?」


 さっきの咆哮と違い、穏やかだった。

 

「ねぇ、もう行きましょ」

「いいえ。少しだけ、書斎を覗きます」

「ええ!?」

「お願いします。大事なことなんです」


 じっと伊藤さんの瞳を見ながら訴えかける。


「うー。あーもう! わかったわよ……。覗くだけよ」


 ゆっくりと扉を少し開ける。

 そこには舞元さんの死体を守るように、狼の魔物が眠っていた。

 相変わらずの巨体だ。

 死体の顔はガスマスクでおおわれてあまりわからない。

 相変わらず、血まみれだ。手足には牙や爪で深くえぐられた傷があった。

 その様子を見て僕は確信した。


「なるほど。うん。やっぱり無理だ」


 僕たちは気づかれないように扉を閉めて、来た道を引き返す。


「ねぇ、どうしたの? というかキッチンに寄らないの?」

「この一連の出来事の真相はわかりました。なので、もう立てこもるための食料も必要ありません」


 伊藤さんは呆気にとられて僕を見ていた。

 急いで戻って地下室に残っている二人にも知らせないと。

 残された時間は少ない。

 早く駆けつけないといけないから。

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