第21話 違和感


「この際だからいろいろ聞きたいことがあるんですけど。いいですか?」

「何よ?」


 計画の真実を知ったけど、なんだかいろいろ気になることがあった。


「まず最初に。いくら呪いがあって、これだけの仕掛けをしたとしても。この村に住んでもらうまでに外の人を篭絡するのは無理があるんじゃないですか?」

「そうよね。私もそう思うわ」

「けど、いい雰囲気になるくらいはあると思うわぁ。だってもし気に入った相手がいたとして、その人とエッチなハプニングがあったらドキドキすると思わない?」


 たしかに一理ある。

 

「よく村の大人の皆さんもこんな無茶苦茶な計画を許したものですね」

「まぁ、これは実験的なもので。成功したら本格導入ってことだったからねぇ。村の過激派。私たちがやってた訓練は覚えてるぅ?」

「ああ、あの廃墟っぽいところでやってたやつですね」

「そう。あれも村おこしの一環。外から来た人に本物の映画のような体験をしてほしいからしてたの。リアルに再現して、外から来た人を騙——じゃなくてびっくりさせるのが目的なの」


 ちょっと姉さん! 今騙すって言いましたよね!?

 けど少しだけわかった。

 あんな本格的な戦闘があったら、きっと普通の人は騙される。それこそ本当に映画のような体験ができるわけだ。


「もしかしてあの禁足地も、その一環ですか?」

「ええ、そうよぉ」


 おかしいとは思っていたんだ。

 村おこしマップに禁足地が事細かに書かれていた。

 怪しい教会・墓地・実験施設・隔離地域・いわくつきの洋館。

 本当に入ったらいけない場所なら、村おこしのための地図に書いちゃいけないはずなのに。


「私がこの計画に幹也を推薦しまったからこんな危険なことに巻き込んでしまった。本当にごめんなさい」


 伊藤さんが頭を下げてきた。


「こんな事態になったのは、伊藤さんのせいじゃありません。それに僕は公開していませんから。この村に来て村を案内してもらって。館を一緒に探検したことは、まぁ大変でしたけど。すごく楽しかったですから」


 これは嘘偽りのない正直な気持ちだ。

 こんなに楽しかったのは幼い頃、ここでみんなと遊んだ時以来だ。


「そうまるで、映画や小説の登場人物になったような気分で……」


 少し違和感があった。

 何かに気づいたようなもどかしい感覚。


「あの。この計画は舞元さんが主導でやっていた。それでいいんですよね?」

「ええ。そうよ」


 僕は舞元さんが死んでからのことを思い出す。

 現れた狼の魔物。廊下を追いかけられ、温室でやり過ごした。

 だめだ。何かがあるようで気づけない。もどかしい。


「ねえ、もうそろそろいいんじゃない? そんな端っこにいないでこっちに来なさいよ、ミスティ」


 ミスティちゃんは泣き止んだ後、僕たちから離れて部屋の隅っこで体育座りをしていた。顔はうなだれており、長い金髪が邪魔で見えない。


「けど、私。ひどいこと言ったから……」

「気にしてないわよ。幹也の言う通り、ちょっと混乱してただけ。それにこの計画については私が告白すべきだったの。巻き込んだのは私だから。あと、幹也がマゾなのは本当だしね」

「ちょっと待ってください。僕はその性癖はありません。僕のような人間がマゾを語るなんて。本物のマゾの人たちに失礼です」

「あなた自分のことあれだけ蔑んでたのにマゾじゃないわ無理があるんじゃない?」

「いいえ。それはただ真実を言っただけですから」

「はぁ。どうしたらその自己犠牲癖が治るんだか」


 伊藤さんは頭を抱えてしまった。

 そんなに悩ませる原因を作った僕はやはり普通以下。底辺高2男子であることを再確認した。


「ふふ」


 そんなやり取りを伊藤さんとしていたら、ミスティちゃんが少し笑った。


「あ」


 ミスティちゃんはまるで自分が笑ったらいけないかのようにまたつらそうな表情をした。

 そんなミスティちゃんの前に中腰になる。


「そんなに悪いと思ってるなら、僕と仲良くしてください。今までは嘘だったかもしれない。けど、今からは本当のミスティちゃんを見せてほしいです。それで仲良くなれたら僕はうれしいなぁ」


 ミスティちゃんは目を見開いて、少しうつむく。

 その顔が少し赤くなって照れているように見えたのは僕の気のせいだろうか?


「わかった。私もお兄さんと仲良くなりたいから……」


 僕は少し笑顔を取り戻したミスティちゃんを見て、安堵した。


「ねぇ、いきなり仲良くなりすぎてない? 普通握手とかからでしょ? なんで腕組んでるの? 頬をすりよせてるの? 最初から距離が近すぎないかしら?」


 ミスティちゃんとの距離がバグっている。

 0か100か。みたいで極端すぎる。


「あらぁ、いいわねぇ。なら私も!」


 今度は飛鳥姉さんがもう片方の腕に抱き着いてきた。

 もう僕の頭はパンク寸前だ。


「ちょっ、姉さん!」

「あらぁ、いつのまにかお姉ちゃん呼びじゃなくなってる。残念だわ」

「し、してないから! そんなの!」


 慌てふためいている伊藤さんがかわいい。


「舞ちゃんはしないの?」

「うっ」


 伊藤さんが固まる。

 でも僕の腕は二本しかない。

 やるとしたら正面から抱きしめてもらうしかないな。

 だめだ。頭が茹だってまともな思考ができてない!


「やらないわよ! そんなこと!」


 心なしか、伊藤さんがそわそわしているのは気のせいだろうか。


※※※※


「やっぱり僕、気になることがあるから一人で外に出てみようと思います」


 腕に抱き着いていた二人には一度離れてもらい、僕は言った。


「危ないわぁ。さすがの幹くんでもあの化け物に襲われたらひとたまりもないんじゃないかしら」

「気になることがあるんです。それにこのままここに引き込まっていたら餓死しちゃいます」


 この地下室にあるのは、服を溶かす謎の液体がたまったプールとマットだけだ。


「立てこもって助けを待つにしても食料がいります」

「そうね。村長には計画実行のことは伝えてあるし、桟橋が落ちてるなんて異常事態をそう長く放っておくことはないと思うわ。けど、計画の日数が長引くかもしれないことは伝えてあるし、あと2,3日は助けが来ないかも……」

 

 しかし、あの魔物の恐ろしさを直に経験した伊藤さんはためらっていた。


「もしかしたら、大丈夫かも……。私が感じていたこの館の惨劇の臭いの原因はあの化け物だから。でもその臭いが今は少しマシになったの。この館に来たくらいには。だから今が外に出るチャンス、だと思う」


 ミスティちゃんの嗅覚は信用できる。

 あの魔物が近づいてきたのをいち早く察知できていたのはミスティちゃんだからだ。


「そうねぇ。ミスティちゃんの嗅覚はすごいしねぇ……」


 飛鳥姉さんは納得してくれた。

 あとは伊藤さんだけだ。


「わかったわ。ただし私も行くわ。食料は一人で運ぶより二人で運んだ方がいいでしょ?」


 それは正直困る。

 伊藤さんを危険にさらしたくない。

 正直に言えば、あの魔物からは僕一人なら逃げ切る自信はある。

 でも一人で行くと言っても納得してくれなさそうだ。


「わかりました。よろしくお願いします」


 こうして、僕と伊藤さんは狼の魔物が潜む魔のダンジョンに再び足を踏み入れるのであった。

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