第20話 仕組まれた計画の真実

「諦めた……?」


 なんとか狼の魔物から逃れて地下室までたどり着けた。

 しばらくは狂ったように地下室の扉に魔物が体当たりする音が響いたが、やっと収まったようだ。

 とりあえず一息つける。


「馬鹿!」


 伊藤さんが飛鳥姉さんを睨みつけていた。


「馬鹿はひどいわねぇ」

「馬鹿は馬鹿よ! あんな訳の分からない化け物に一人で立ち向かって。死んじゃったらどうするのよ」

「大丈夫よ。お姉ちゃんが強いのは知ってるでしょ? それに私の力がどこまで通用するか実戦で試したかったの。だから舞ちゃんは気にしなくていいわぁ」

「気にするわよ! そんな嘘言っても信じないんだから! お姉ちゃん、今でも手が震えてるじゃない。もう絶対あんな危ないことしないで!」


 飛鳥姉さんが、気まずそうに震える手を後ろに隠して愛想笑いをする。

 飛鳥姉さんは強い。だから大丈夫。無意識で頼ってしまっていた。

 僕の行動が遅かったせいだ。

 飛鳥姉さんの胸で伊藤さんが肩を震わせて泣いていた。


「あーもう。しないから。ごめんね、ごめんね」


 いつものんびりして、マイペースな飛鳥姉さんがおろおろと慌てながら伊藤さんを抱きしめて撫でていた。

 少し。

 少しだけ、うらやましい。そう思った。


「もういや!」


 そんな姉妹の会話を遮ったのはミスティちゃんの痛々しい声だった。


「ミスティちゃん……」


 傍に居た僕がなんとか慰めようと手を伸ばしたら、パン! と振り払われた。僕に向けられたのは憎悪の視線。


「え?」

「全部、あなたのせい!」

「どういう、ことですか?」


 僕の呪いを解くためにここに来た。だから僕のせいということ?


「だいたいおかしいと思わなかったの? 呪い? ラッキースケベ? 笑わせないでよ!」

「ちょっと待ってミスティ!」


 伊藤さんが止めようとするが、ミスティちゃんの強い視線に気圧された。


「残念でした! 全部仕組まれた計画だったのよ。ラッキースケベ? ちゃんちゃらおかしいわ! 全部全部村おこしのため。村の人口を増やすために外の若い男と村の女をくっつけようっていう計画。やらせよ!」

「呪いは嘘で、全部仕組まれた計画だったってことですか?」

「そうね。男の子と女の子がそういう状況になりやすくする機械? みたいなものがあるって。ゆうきは言ってたわ。この館の仕掛けもたぶんゆうきがしてたんだと思う」


 伊藤さんが観念したように言った。


「舞元さんが?」

「そう。ゆうきがこの計画の主催者。あなたからしたらこの呪いと騒動の黒幕と言ってもいいかもしれないわね」


 頭がこんがらがってきた。いろいろ疑問はあるが、一度まとめよう。

 計画の主催者あるいは黒幕。それが舞元さん。

 呪いは人為的な物。館のロボ犬、呪われた鎧、この地下室にある服だけ溶かす液体などの仕掛けも舞元さんが準備したらしい。

 その理由が村おこし。村の女と外の男をくっつけようという魂胆ということだけど。いろいろ突っ込みどころのある計画だなぁ。とこの場の剣呑な空気とは別に僕は暢気に考えていた。


「安っぽいハーレム体験をさせて、村に男を移住させようだなんて浅ましい計画。あなた騙されてたのよ! 全員から!」


 あははは! 

 ミスティちゃんは笑っていた。その笑顔は痛々しすぎて、僕の心臓がぎゅっと締め付けられるように痛んだ。


「そう、なんだ」

「ちがうわ。たしかに私たち。いいえ舞ちゃんがこの計画にちょうどいいのが幹くんだって推した。けど、それは幹くんに自信を持ってもらうため。女の子に言い寄られたら、少しは自分に自信が持てるんじゃないかって」

「ううん。どんなに言いつくろっても私は幹也を利用したことには変わりない。村と自分の目的のために都合良く利用した。その事実は変わらないわ」

「舞ちゃん……」


 僕のためにやってくれたこと。

 それが原因で幼馴染の姉妹に暗い顔をさせてしまっている

 その事実に耐えられなかった。


「だから全部あなたのせい! あなたが村に来たからこんなことになった。あんな化け物に襲われたの!」

「そうですか……。それは、つらかったですね」


 みんながつらそうな顔をしている。

 こんな時にかける言葉が思いつかない自分がもどかしい。


「どうして? どうして黙ってるの!? 言い返してよ。自分は悪くないって! 何? マゾなの?」

 

 もう見るに堪えなかった。


「自分を責めるのはやめてください」

「はぁ? 何言ってるの? 責められてるのはあなたでしょ?」

「つらいのはわかります。しんどいから。こんな異常事態で心が悲鳴をあげてるんですね。僕にはその不安を取り除くことはできません。ですが受け止めることはできます」


 ミスティちゃんが泣きそうな顔で後ずさる。

 やっぱり思った通りだ。ミスティちゃんはやさしい子なんだ。


「何、言ってるの?」

「ミスティちゃんはそんなひどいことを言う人じゃないです。だから今、ひどいことを言った自分に後悔してる。だからそんなにつらそうな顔をしてるんですよね?」

「はぁ? 意味不明なんですけど! 大体あって半日ほどしか経ってないあんたに私の、ミスティ・フランソワーズの何がわかるってのよ?」

「君がやさしいのはわかる。だっておかしいじゃないですか。本当に他人に無関心でひどい人間なら最初からこの計画には参加しません」

「お金のため! この計画に参加したらたくさんお金がもらえるの! 教会の修繕費を賄うためよ!」

「それでも、村のため。友達のために参加した。さっき魔物と相対した時も友達のために勇敢に戦った。怖かったろうに。ひどい人なら自分一人で逃げちゃうところだよ。だから君はやさしい。そう思ったんです」


 ミスティちゃんはとうとう何も言い返せずに、黙り込んだ。

 ひっく、ひっくと言いながら、顔を真っ赤にして今にも泣きそうな表情だ。

 

「よくがんがりましたね。あれだけのことがあって。ミスティちゃんは立派だと思います」

「う、うう……。ご……なさい。ひどいこと言ってごべんなざい!」

「大丈夫ですよ。全然気にしてませんから」


 ミスティちゃんの頭を撫でる。

 すると我慢していた感情があふれ出したのか。ミスティちゃんはうわあああと言って僕の胸で涙を流した。

 今はただ、この感情をやさしく受け止めよう。

 それだけがミスティちゃんのためにできる唯一のことなのだから。

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