第17話 館の呪い 

 館の外には出られた。

 呪いで理性を失った飛鳥姉さん、舞元さん、ミスティちゃんから逃げなくちゃいかなかった。

 やっとの思いで、外には出られた。

 けど、呪いは僕を絶対に逃す気はないようだった。


「熱い……」


 ごうごうと桟橋が今目の前で燃えている。

 顔が焼けそうだ。

 桟橋は村と館をつなぐ唯一の道。

 他は崖や山の斜面に囲まれている。

 絶望的な状況だ。

 けど、僕は絶望していなかった。

 一人じゃないからだ。


「はい、これ」


 伊藤さんは羽織っていたカーディガンを僕に渡してくれた。

 タオルを腰に巻いただけの僕を気にかけてくれたんだろう。

 そのやさしさが身に染みる。

 伊藤さんだけがなぜか呪いの影響を受けておらず、理性を保っていた。

 館の外だからか。それとも呪いを受けない特殊体質なのか。

 理由はわからない。


「いや、受け取れませんよ」

「いいから。あんたがそんな格好だと私が落ち着かないの!」


 伊藤さんが強引にカーディガンを押し付けてきた。

 ここまで言ってくれているんだ。他人の好意を無碍に断るのも悪い。僕はありがたく貸してもらうことした。

 後で絶対クリーニングに出して返そう。


「で、見たの?」

「何をですか?」


 伊藤さんがジト目で僕を見ている。


「だって姉さんとゆうきにお風呂で迫られたんでしょ? だったら見たってことじゃない」

 

 脳裏に浮かぶのは二人の艶やかな素肌。

 そして、飛鳥姉さんの二つの大きな果実。


「見たのね……」


 僕の狼狽える姿を見て、伊藤さんの視線が一層強くなった。

 また怒られる! 

 そう覚悟したけど、違った。

 意外にも伊藤さんは申し訳なさそうにしていた。


「ごめんなさい。姉さんが迷惑をかけたわ」

「いやいやいや! あれは呪いのせいですし。むしろ僕が油断していたのがいけなったわけで」


 お風呂なんてラッキースケベの聖地と言っても過言ではない。

 呪いに勝ったなんて浮かれて油断した僕がいけないんだ。


「それになんだか変だわ……」

「変?」


 変といえば、あの館や僕にかかった呪い自体が変なわけだけど。


「あとで説明するわ。私は一旦館に戻る。あんたはここで待ってて」

「だめです! 危ないですよ!」

「でもこのまま何の策もないまま一緒に戻ったら、今度こそどうなるかわからない。せめて私が先に館に入って、何か対策するわ。そうね。内側からカギがかかる部屋を用意する、とか」

「そうか。地下室!」

「ええ。あの謎の液体がある部屋で一晩過ごすのは嫌でしょうけど、あんたには我慢してもらうしかないわ。それと残念だけど、今晩は呪いを解くのは諦めましょう」


 呪いが解けないのは仕方がない。

 呪いを解いて翌朝、皆裸で寝てました。なんてことになったら大変だ。僕みたいな人でなしが彼女たちを汚すなんてことは絶対にあってはならない。


「わかりました。じゃあ、せめて館の前まで一緒に行きます」

「……また変なこと考えてるようだけど、今は都合がいいわ」

 

 なんだか、伊藤さんに僕の内心が見透かされているような気がする。

 それはそれで怖いよぉ。


「あ」


 館の前に突いたら、ミスティちゃんと飛鳥姉さんがいた。

 

「幹也! 逃げて!」


 また襲われる。と思ったけど、二人とも様子がおかしい。いや普通に戻っていると言った方が正しいのか。

 飛鳥姉さんはちゃんと服を着てるし、ミスティちゃんはさっきみたいに艶めかしい雰囲気じゃなくキョトンと僕たちを不思議そうに見ていた。


「二人とも大丈夫、なんですか?」

「大丈夫ってぇ? 少し頭がぼうっとしてたから外の空気を吸いに来たんだけどれどぉ。なにかあったの?」

「私もいつのまにか廊下でぼんやり立ち尽くしてて。偶然飛鳥お姉ちゃんに会ったから一緒に来たんですけど」


 どうやら二人とも理性を失っていた時の記憶を失っているようだ。


「本当に二人とも覚えてないの?」

「何のことぉ?」

「私も舞ちゃんが何を言っているのかわからない……」


 どうやら本当に戸惑っているようだ。

 これが演技だったらもうお手上げだ。

 伊藤さんが僕の代わりに、さっき僕との間に遭った出来事を伝えてくれた。


「あらあら。私ったら大胆。お風呂で幹くんにアタックしちゃうだなんて」

「姉さんは暢気すぎ! 下手したら、行くところまで行ってたのよ!」

「でもそれはそれで……。幹くんみたいな男の子だったら、私は……」

「姉さん!」


 伊藤さんが本気で飛鳥姉さんを睨みつけていた。

 全く、飛鳥姉さんは自分の妹をからかうのが大好きだな。

 まさか本気じゃあるまいし。


「……幹也お兄さん。私のパンツの色は?」

「……………………………………………黒」


 長い逡巡の末にやっと返事ができた。

 

「う、うう、うううう……中は見たんですか?」


 中とはパンツのその向こう側。男にとっては秘密の花園のことだろう。


「見てない! 見てない! 見てない!」

「本当に、見てない?」


 真っ白な肌が、真っ赤に染まっていた。

 赤い瞳は泣きそうに震えている。

 ぶんぶんと僕は頭が取れるんじゃないかって位、縦に振って身の潔白を訴えた。


「なら……正直な告白に免じて許します……。迷える子羊には、お兄さんには許しが必要そうだから」


 なんだか意味深な言葉だ。不思議とその言葉がにはの胸の奥を撫でくれるような温もりがあった。

 それとは別に一つ疑問があった。


「教会で出会った時は平然としてから、てっきりこういうことには耐性があると思っていたんですけど。以外にかわいいところもあるんですね」


 涙目で見つめてくるミスティちゃんがあまりにもかわいくてつい言ってしまった。


「悲しみや道にを迷った子羊を助けるために胸を貸すことはよくあることだから! 私は簡単に胸を貸すようなエチチな女じゃない!」

「ごめんなさい。そんなつもりで言ったんじゃないです」


 かなり必死に否定された。

 またその必死さがかわいいのだが、それを言ったらさらに怒らせてしまいそうだがらやめておこう。

 

「えーと、なんですか?」

「ふーん」


 なんか伊藤さんがミスティちゃんと僕のやりとりを無感情な目で見ていた。

 無言の圧がすごく怖いんだが。


「本当に僕は何もしてないですよ! 本当に!」

「大丈夫。私は信じてるから。で? 皆に迫られて、誰が一番好みだった?」

「それは難しい質問ですね。舞元さんの日本人特有のスラっとした体は魅力的でした。飛鳥姉さんの女性らしい体つきは言わずもがな。誰でも目を奪われてしかるべきでしょう。最後にミスティちゃんは、見た目と下着のギャップが良かったですね。あと、パンツを見られた時のかわいらしい反応もポイントが高いです」


 あ。


「…………」


 女性陣にすごい形相で睨まれていた。

 許してください。僕だって男の子だよ。こんな魅力的な女の子たちを前に、そういう目で見てしまうのは仕方のないことだと思うんです。

 

「死ねばいいのに」

「あらあら。幹也くんも男の子、なんだねぇ」

「…………」


 地味に一番つらいのがミスティちゃんの心底軽蔑しきった顔だ。

 一言も発さないのがまたポイントが高い。


「不吉な臭いがする……。血の臭い。これはだめっ」


 ミスティちゃんがぽつりとつぶやいた。

 心底怯えている。

 その時だった。


「きゃあああああああああああああああ」


 女の人の悲鳴が館の中から聞こえた。


「今のは、舞元さん?」


 館の中に残っているのは一人だけだった。

 僕は考えるより先に悲鳴の方へと走り出していた。


「あ、ちょっと待ってよ」


 後から三人が追いかけてくる足音がする。

 エントランスの大階段を駆け上がり、L字廊下を駆け抜ける。

 その先の書斎を開け放つ。

 するとそこには信じられない光景が広がっていた。


「あ、あああ……」


 書斎の机。その前に血だらけで倒れる舞元さん。

 その上に、跨るようにしてその口を血で濡らしていたのは。

 ただでさえ大きな体を持つ狼を、数倍にしたような巨大で強大な魔物だった。

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