第12話 呪いに勝った……か?


 館に宿泊するにしても準備は色々ある。

 個人的な物から全員共通の物も。

 館に入るなり、ミスティちゃんと舞元さんは用意された個室へと向かった。

 夜を同じ部屋で過ごすとしても、着替えとかプライベートなことはある。

 だからそれぞれの個室は用意してあるらしい。


「で、さっきのはなに?」


 今いるのは館のエントランス。すごく広い。

 目の前には二階へとつながる大階段がある。

 そして、ここにいるのは伊藤さんと僕だけだ。


「さっきのって僕が皆に話したこと?」


 僕の一方的な呪いに抗う宣言のことだろう。

 だとしたら、なんでそんなに怒ってるのだろうか?


「どうしてあんなことを言ったの?」

「それは皆僕の呪いを解くために協力してくれるんだ。僕だけ何もしないわけにはいかないよ」

「ちがう! どうしてそんなに自分を傷つけるようなことを言うの? どうせ呪いに抗うのも自分を傷つけるようなやり方でしょ?」


 図星を突かれて、どきりとした。

 たしかに呪いに抗うとしても僕自身を酷使するやり方になるだろう。

 そして、今やっと伊藤さんが怒っている理由がわかった。


「伊藤さんはやさしいですね。僕なんかのためにそんなに怒ってくれて」

「や、やさしくなんかない! 自分を大切にできない奴は他人も大切になんてできない! それじゃあ、私が困るから言ってるのよ」


 どうして僕が他人を大切にできないと伊藤さんが困るのだろう? 

 まぁ、その疑問はともかくとして。

 伊藤さんは僕が僕自身を卑下していること。自信を大切にしていないことを心配してくれているんだ。


「そうだね。伊藤さんになら話してもいいかな? 二人きりでちょうどいいですし」


 伊藤さんがごくりと息を飲む。

 こんなに緊張させてしまうなんて申し訳ないな。


「察してるかもしれないけど、僕はいじめられてたんだ」

「やっぱり……」

「でも勘違いしないでほしい。僕は落ちこぼれだった。他人の足を引っ張ったんです。外ではね。弱いことは罪なんです。だから僕は強くなくちゃいけなかった……」

「そんなのおかしいわよ! 弱いことは罪じゃない。いじめる方が罪よ」


 伊藤さんの意見はどこまでも眩しくて正論だ。そうただの正論。世の中、正論だけでは済まないこともある。


「そうですね。けど他人に迷惑をかけていいわけじゃない。社会では協調性がない人は受け入れられない。そういう力や素養がなかったんです。だから無視されたり、暴力を振るわれても仕方ないんです。それだけ最悪のことをしたんですから」

「最悪なこと?」

「僕の軽率な行動のせいで、力不足のせいで人が死にました。僕は人殺しなんです。だからいじめられても仕方ない人間なんです。伊藤さんのやさしさを受け取れる資格なんてないんです」

「何よ、それ……」


 さすがに強気な伊藤さんでも、言葉を詰まらせていた。

 そう。あの時の僕に少しでも力があれば。協調性があってみんなと協力できれば。あの場所から一人の犠牲も出さずに逃げられたかもしれない。


「それなのに、僕はここに逃げてきたんです。現実を直視できないから」


 努力はした。もうあんなことにならないように。必死に強くなろうとした。

 でも僕がどんなに頑張っても周りは認めてくれなかった。無視された。そのことに耐えきれなかったんだ。


「幹也のばーか!」

「へ?」


 突然の罵倒に耳を疑ってしまった。

 なぜそうなる? 


「今は言い返せないから、何もいわないであげる! けどその考え方は間違ってる! 私が幹也の考え方を変える。自分を大切にできるようにしてみせる! 後で絶対に論破してやるんだから。部屋の隅っこでガタガタ震えながら命乞いして待ってなさい! いいわね!」

「は、はい!」


 圧倒されて思わず返事してしまった。

 その後、ふんすと鼻息と足音を荒くしながら「部屋で考えてくる!」と宣言して去って行ってしまった。


「うれしいけど、それは無理だよ。君は村の中でしか生きてこなかった。外のことを知らなさ過ぎる。でも気持ちだけはすごくうれしいよ。ありがとう」


 誰に言うでもなく、僕は一人呟いた。


※※※※


「うれしいけど、それは無理だよ。君は村の中でしか生きてこなかった。外のことを知らなさ過ぎる。でも気持ちだけはすごくうれしいよ。ありがとう」


 一人でそんなことを呟いていると、ちょんちょんと背後から肩を叩かれた。

 やばい。独り言を聞かれただなんて超はずかしい!


「なんですか? ってだれ!?」


 そこにいたのは紛れもない美少女高校生だった。

 なぜ高校生かわかるかって?

 だって制服着てるから。ひらひらのスカートの夏服。

 かわいいんだ。ふんわりとした茶色の長髪もいい。けどどうして制服?

 そして口元だけ隠れるようにしてガスマスク。


「あ、舞元さんか」

「コヒュ・コヒュ・コヒュ」


 すごい勢いで頷いてくれた。

 相変わらず何言ってるのかわからないけど。

 ガスマスクの下はまさかの超絶美少女だった。

 クラスで一番モテていると言っても過言ではなかろう。


「あの、防護服脱いで大丈夫なんですか?」


 ここでパンデミックは勘弁していただきたい。


「コヒュー?」


 肩をすくませて、さー? みたいなジェスチャーをされる。

 

「え? ちょっと、待ってくださいよ。マジで?」

「ヒュ・ヒュ・ヒュ・ヒュ・ヒュ」


 肩をポンポンと叩かれる。

 あ、これ笑ってるんだ。僕からかわれただけだ。


「はぁ~。よかったです……。ていうか呼吸音だけでコミュニケーションが成立している!?」


 驚愕の事実。

 舞元さんのコミュ力の高さがうかがい知れる。


「あ」


 舞元さんが躓いた。この流れは知っている。

 それは予測していた。これだけ近づいたら呪いが発動すると。


「はぁ!」

 

 妙な掛け声が出でちゃった。けど舞元さんの手が僕のズボンを引きずり下ろす前に掴み取ることに成功。舞元さんを転ばせることなく、受け止められた。

 だが、呪いはまだ止まらない。


「ああ! 危ない! 避けて!」


 目の前の大階段から降りようとして足を滑らせるミスティちゃん。

 黒のゴシックロリータに着替えている。かわいい。

 なんて呑気に感想を考えている場合ではない。

 なぜかミスティちゃんが持っていたバケツの水が宙に舞う。

 だめだ。これでは僕と舞元さんが水を被ってスケスケになって互いの裸体鑑賞会だ。それはそれで悪くないと思ったのはともかくとして。

 宙に舞ったバケツへとあえてツッコミ体当たりする。

 そうすることにより、水を被るのは僕だけとなった。


「くっ」


 鉄製のバケツと僕が地面に転がって派手な音がする。

 服がびしょびしょで、地面に打ち付けた体が痛い。

 けど、そんなことはどうだっていい。


「お兄さん! 大丈夫?」

「コヒュヒュヒュヒュ!」


 心配そうに二人が駆け寄ってくる。

 だが、そんな二人にかまうことなく僕は立ち上がり叫んだ。


「よっしゃー! 呪い破れたり!」


 僕の服やズボンはずぶ濡れ。そして、上着のシャツはともかくズボンも濡れたらまさかのスケスケ仕様だった。つまり僕はパンツ一丁の姿をして、二人の前でガッツポーズをしていたのだった。

 二人が顔を真っ赤にしている。


 気付いた時にはもう手遅れだった……。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る