第10話 実験施設と隔離地域
さぁ、来てしまった。たどり着いてしまった。
特大の厄ネタ。見えている地雷。
村おこしマップを見た時、禁足地の存在には驚かされた。だが蓋を開けて見れば教会はまだ常識的な施設だし。館だって常識の範囲からは出ていなかった。
だがここはちがう。
目の前に広がる正方形の建物。
窓一つなく、灰一色。
そう、謎の実験施設だ。
「ゆうき! いるー?」
そんな不気味な施設の扉を伊藤さんがどんどん叩く。まるで気軽に遊びに来たかのような気軽さで友達の名前を呼んでいる。
僕の呪いを解くために一晩一緒に過ごす必要がある女の子は四人。
幼馴染姉妹と教会のシスター。そして最後がこの実験施設にいるという。
みんな平然とした顔でいるがこれだけは言わせてほしい。
「ここは明らかにやばいって」
「いきなりどうしたのぉ?」
相変わらずのんびりとした飛鳥姉さんの声はのんびりしている。
「飛鳥姉さんはおかしいと思わないんですか? こんな村に実験施設ですよ? 大学の研究室とかもうちょっとオープンな場所で行われるのが普通じゃないですか。それがこんな山奥のしかも窓すらない場所。もういけない要素しかないですって!」
「山奥の研究所ってそんなに珍しいものじゃないわぁ。隣村にもあるし。それに都会は土地が少ないって言うじゃない。だからこんな田舎に建てたんだよぉ。きっとそう」
さらにミスティちゃんから援護射撃が飛んでくる。
「そうです。幹也お兄さん。私もここの出身ですが、怪しいところなんてないです。ここは孤児院の側面も持ち合わせているので、研究に協力して孤児たちの支援をしている良心的な場所ですよ」
そうなのか? 本当に?
けど身寄りのない子供を実験台に都合よく使うとか、よく見るのだが。
「ゆうき、いなかった」
飛鳥姉さんが戻ってきた。
「舞ちゃん、幹也がここがおかしいって言うんだけど。姉さんも何か言ってやって」
そうだ。常識的な伊藤さんならきっとずばっと言ってくれるはず!
「別におかしいことないでしょ? こんな村に実験施設とか珍しい話でもないし。もしかして自分の常識が世間の常識だとか思ってない? 大丈夫?」
あれ? おかしいのは僕? 村に窓のない明らかに違法臭漂う建物があるのは普通のことだった?
だめだ。
今、頭が混乱する。この問題は後回しだ。
「それよりゆうきいなかったから。たぶんあっちだと思う」
「ゆうきん、今日はもうお勤め終わったのかなぁ?」
「どういうことですか?」
「実験は今日は休みで、あっちの隔離地域に戻ってるんだと思う。普段ゆうきが生活してるのはあっちだから」
隔離地域。また新たな厄ネタがぶっこまれた。
※※※※
物々しい鉄の壁が四人の目の前に立ちふさがっている。
金網のフェンスが扉になっており、その前に物々しい装備の二人組がいた。
門番だ。どうしてわかるかというと防護服を着てガスマスク。手には自動小銃。
「は、はは。さすがに偽物、だよね……?」
「そうに決まってるじゃない。さっきの過激派の人と同じ。ゲームで使うエアガンよね? 姉さん?」
「…………」
飛鳥姉さんはにこりと笑って黙り込むだけだった。
ねぇ! 偽物だよね? その笑顔は肯定の意味での笑顔だよね!
もうそうでも思わないと心の平穏が保てないよ……。
それと「練度が足りない。足元もふらふらしてる。教育が必要層そうねぇ」なんて物騒なことを言っているが聞かなかったことにしよう。
「行ってくる」
伊藤さんがまるでバイオハザードに対処するような格好の人たちのもとへと駆け寄っていく。どうして銃を持った人たちへ無防備に近づいていけるのかがわからない。
田舎の人すごい。
「すいません。ゆうきに用事があるんですけど」
「コヒュー・コヒュー・コヒュー」
呼吸音だけで、話さない。無視はひどくないかな?
「そうですか」
「コヒュー・ココヒュー・フォォォォ」
「あ、許可出たんですね。じゃあお願いします」
呼吸音で会話が成立している!?
そんな馬鹿な。モールス信号みたいな呼吸音に隠された意味でもあるの!?
「よかったね。今日はゆうちゃん元気みたいで」
「そうねぇ。ゆうちゃん体弱いから。けど出てこれそうでよかったわぁ」
驚愕の新事実。
飛鳥姉さんとミスティちゃんは、あの呼吸音会話を理解している。
わからないのは僕だけらしい。
「二人はあのマスク付けた人の話わかるんですか?」
「え? 幹くんわからないの?」
「田舎じゃ、常識よ。お兄さん」
ミスティちゃんからかわいそうな人みたいな視線を送られた。
常識って一体……?
常識のことを考えすぎてゲシュタルト崩壊しそうだ。
僕も呼吸音会話、勉強しようかな。ちょっと便利そうだし。
「あ、ゆうちゃんだ!」
「外に出てこれたのは久しぶりねェ」
あの言葉の端々に物騒な発言を混ぜるのはやめてくれませんか?
そんな物騒な発言に気を取られている余裕はない。
なにせ、僕の呪いを解くためにそのゆうきさんという人はわざわざ来てくれたんだ。いち早く挨拶とお礼を言うのが筋というものだろう。
僕はフェンスの扉まで行く。
「あ、紹介するわね。この子が舞元ゆうき。私の友達よ。ちょっと変なところはあるけど仲良くしてあげて。それからこの冴えない奴は私の幼馴染の佐藤幹也。連絡した通り、呪いを受けたからゆうきにも協力してほしいの」
「佐藤です。よろしくお願いします。舞元……さん? すいません。舞元さんはどちらですか?」
舞元さんに頭を下げて挨拶をしようとしたがわからない。
だって僕の目の前には防護服とガスマスクをした全く同じ格好の人が三人並んでいるのだから。
いや、どうやって見分けたらいいんだよ。
日本人は没個性だなんて言われるけど、これはちょっと没個性過ぎない!?
「はぁ……。初めて会うこんなにかわいい人に失礼じゃない?」
「え? かわいいの?」
ガスマスクにデコレーションシールでもついているのかな?
「かわいいわよ! ゆうきに失礼じゃない」
「あ、すいません。僕ここの常識をあまり知らないもので」
三人のうちの一人が前へと踏み出した。
おそらくこの人が舞元さんなのだろう。
「ココココヒュー・ヒューココ」
「ごめんなさい。言葉の意味がわからないです。その独特な会話方法も僕にはなじみがなくて」
「フシュ―・フシュ―!」
舞元さんは勢いよく息を噴き出した。
「ひぇ! すいませんすいません! 何か失礼なことしましたか?」
「気にしないでって」
伊藤さんが通訳してくれた。
それにしても今の激しい呼吸音がそんな意味だったとは。
びっくりしたぁ……。
「コヒュ・ココココココココ」
なんか鶏みたいな鳴き声みたいに出して痙攣し始めたんだけど。
「普通にしゃべって貰えると助かるのですけど……」
舞元さんは勢いよく首を横に振った。
「できないって」
「いや、それは翻訳してもらえなくても大丈夫です……」
「なんだかやってほしいことがあるみたい」
ミスティちゃんがうんうんと舞元さんの言葉を耳元で聞く。
いや、なんだかわからないけど感染を防ぐためにあのマスクをしてるんじゃないの? そんなに近づいたらやばくない? というツッコミはもう今更か……。
「なんですか?」
「へぇラッキースケベの呪いを体験してみたい? 面白いわね」
ミスティちゃんがクスリと口元を緩める。
「へ?」
これには全員驚いた。舞元さんは痴女だった!?
「あらあらまあまあ。積極的!」
「そんなのだめよ! はしたない!」
「…………」
三者三様の反応を見せる。
ミスティちゃんの無表情沈黙が、一番何を考えているかわからない。底知れなくて怖い。怖いけど、門番の人からもらったお菓子の食べ残しを口に残しているから緊張感が8割減されている。
「呪いの効果がどの程度の物か検証したいだけだって。それがゆうきんが外に出してもらえるための条件なんだって」
「協力してもらえう以上、僕にできることならやります」
伊藤さんは不満げに見てくるが仕方がない。こちらは解呪の協力をお願いしている立場なんだから。
「準備はいいですか?」
「コヒュー」
「良いって」
ゆっくりと舞元さんに近づく。
さぁ、胸でも何でも来い! 煩悩を殺せ!
何度か呪いの発生をしてきてわかったことがある。呪いの前に全長がある。何か起こるなという予感。感覚的なことだが、わかる。
それが今来た。
「煩悩退散煩悩退散煩悩退散——え?」
そして何の因果化わからないが、僕のズボンとパンツが突然破れ、下にズレ下がる。かまいたち現象なんて自然現象があるそうだ。
自然現象さえ操るとは、呪い恐るべし。
そんな現実逃避をしていると舞元さんが躓き、僕の股間にダイブした。
今の僕はすっぽんぽん。下半身全裸だ。
僕は自分のもろ出し息子を初対面の女子の顔に押し付けていた。
「コヒュ?」
一瞬舞元さんは虚を突かれたように固まった。
周りの三人の空気も固まっていた。
僕も動けない。人間不測の事態が起こったら思考停止しちゃうんだね。
そして、舞元さんが僕の息子を指さした。
「コ、コヒュヒュヒュヒュ」
腹を抱えている。
うん。これは翻訳されなくてもわかる。
飛鳥姉さんが僕の肩を優しく叩いて一言。
「大丈夫。大切なのは大きさだけじゃないわぁ。たとえ笑われても強く生きるのよぉ」
こうして僕の男としての尊厳は完膚なきまでに破壊された。
それからしばらく僕は伊藤さんの胸の中で漢泣きした。
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