第9話 吸血鬼?


 今、僕たちは墓地にいる。


「次の目的地は墓地を抜けた先にあるのぉ」

「じゃあ、私が案内しますね。幹也お兄さん」

 

 そんな流れでミスティちゃんに教会を出て、隣接している墓地を案内してもらっている。

 そのミスティちゃんの格好は中と少し変わっていた。黒のフードを被っており、      さらに黒い日傘もさして紫外線対策ばっちりだ。

 ぎらぎらと照りつける過酷な太陽は女子にとって大敵だ。だからそんなに厳重なのだと自分に言い聞かせる。


「やっぱり十字架が全部朽ち果ててる……」

「そうなんです。ここも随分古くなってきてまして。だから業者の方に修繕をお願いしたんですよ」

「大変ね。これだけいっぱいあったら修繕費も馬鹿にならないでしょ?」

「司教様が頭を抱えてた」


 ミスティちゃんと伊藤さんが笑いながら話している。

 もっともらしい理由だが、これでまた一つ疑念が深まった。

 ミスティ・フランソワーズは吸血鬼ではないか。

 自分でも馬鹿馬鹿しいとは思う。

 こんな平和な村で吸血鬼なんていたら大問題だ。そんなことはありえない。だけど、様々な状況や証拠を見つけるたびにどうしても頭によぎってしまう。

 例外なく壊されている十字架。

 異様に光を嫌うミスティちゃん。教会の窓はすべて遮光カーテンが引かれていた。

 そして至近距離で口から香ったあの鉄さび臭い香り。

 最後に、教会から出ていくときに発見したのだが。ゴミ箱に捨ててあった空の輸血パック。


「まさか、ですね」


 荒唐無稽な自分の妄想を止める。

 そんな時、風化して崩れた十字架のすぐ足元。地面がまるで沸騰した水のようにぼこぼこと盛り上がっているように見えた。そしてその隙間から青白い指のようなものが一瞬出た。


「え?」


 その地面をミスティちゃんがドスンと踏みしめる。

 念入りに地ならしするかのように何度か踏み込む。


「どうかしたんですか?」

「今、なんだか地面が盛り上がってたように見えたんですが」


 吸血鬼は喰種グールと呼ばれる眷属を有していると言われている。

 そんな馬鹿な妄想が頭によぎる。 


「え、ああ。それは……」

「遅いよぉ! 早く早く!」


 超肉体派の飛鳥姉さんはもうはるか彼方まで進んで僕たちを待っていた。


「速すぎるよ。飛鳥ちゃん、待って!」

「ちょっと姉さん、そんなに慌てさせちゃだめよ。ミスティちゃんは」


 ミスティちゃんが何もないところでこける。

 助けに行こうとしたら伊藤さんに止められた。


「あんたが行ったらややこしくなるから。私が行く」


 伊藤さんがミスティちゃんに手を差し伸べる。

 飛鳥姉さんも慌てて戻ってきた。


「もう姉さんったら。慌てさせたらだめじゃない」

「そうだったわね。。ミスティちゃんは……」

「大丈夫! 大丈夫ですから!」


 飛鳥姉さんの言葉を遮るようにミスティちゃんが言った。

 なんだか今までの余裕な表情が崩れて少し慌てている感じがする。

 ミスティちゃんはすぐに立ち上がり歩き出してしまった。


「ミスティちゃんって何かあるんですか?」


 僕は伊藤さんに聞いた。


「見てたらわかるわ。それとその呼び方……」


 伊藤さんがジト目で見てくる。なぜだか責められているような。


「ミスティちゃんがそう呼んでほしいと言われたんですよ」


 普通ならこんな呼び方は恐れ多くてしない。

 けど相手が望むのなら話は別だ。


「そ。まぁどうでもいいけどね。あと、ミスティには極力近づかないようにして」

「え? なんでですか? そうか。呪いがあるから」

「それもあるけど、まぁいいわ。ミスティは隠しておきたそうだけど、すぐにバレることだし」


 すごく意味深だ。

 思わず、ごくりと息を飲みながらミスティちゃんの様子を観察した。

 だが謎はすぐに解けた。


「このお墓がかの高名な――あうぅぅ」


 一生懸命説明しようとしてくれている最中、木の枝で頭をぶつけた。


「ここからの景色がきれいなんです。この大きな木にもたれながら読書をすると気持ちいい――ひゃうん! 虫怖いぃぃぃ!」


 目の前に垂れ下がってきたクモに怯えて、また見事にコロンと転んだ。


「足擦りむいたぁ! 痛いよぉぉ」

「あらあら大変。消毒しなきゃ」

「ミスティ、あなた貧血がひどいんだから。そんなに動いたら後でしんどくなるわよ」

「うぅぅ。ありがとう……」


 そんな光景を見せられて僕の疑問は解消された。

 ミスティちゃんはただのドジっ子だったのだ。

 光を極端に避けていたのは、単純に体が弱いから。

 空の輸血パックも貧血のため。

 地面から這い上がるのも、結局はモグラだったりの野生動物だった。


「せっかくお兄さんにしっかりとしたところ見せようと思ったのに」


 目元に涙を浮かべている様子はただの女の子だった。

 一瞬でも吸血鬼じゃないのかだなんて疑っていた自分が馬鹿らしい。


「大丈夫です。おかげで僕はこのお墓のことを知れましたし。あと楽しかったから。そんなに背伸びしなくても、ミスティちゃんはしっかりとしてますよ」

「本当に?」

「本当に」


 ミスティちゃんの表情がぱぁと明るくなった。

 いい笑顔だ。

 

「ありがとう、お兄さん」


 少しミスティちゃんとの距離が縮まった気がする。

 こうしていろいろあったが僕たちは教会と墓地を後にしたのだった。


※※※※


 幹也が、心底安心したように前を歩いて行く。その後ろにミスティはついて歩く。そして幹也に聞こえないように呟いた。


「本当に良かった。ええ本当に。騙されてくれてありがとう。計画の進行は順調。これで先に進められるわ。お兄さん」


 ミスティの口元は、三日月のように割れた不気味な冷笑を浮かべていたのだった。

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