第8話 年下系金髪美少女に迫られた

「はい。これが村おこしマップ。幹くんに渡しておくわね」

「あ、ありがとうございます」


 飛鳥姉さんがこの村の地図をくれた。町おこし用にデザインされた特別仕様らしい。僕は渡された地図に目を落とす。

 村の中央が東西に分かれた商店街。

 ここが村おこしの中心。今、僕らがいるのは東側。

 その外周に住宅地がある。

 僕のおばあちゃんの家、姉妹の家がある場所だ。

 そしてさらにその外周に広がるのが禁則地域らしい。夜には絶対に入るなと血のような赤で書かれている。


「はい? 禁足地?」

「ああ、夜に入ったらいけない場所よ。深い意味合いはないわ」

「そ、そうなのかなぁ……?」


 いろいろ気になるが、突っ込まざるを得ない場所が数か所ある。

 まずは館。大富豪が非業の死を遂げて、村に寄付されたという。


「この館怪しくないですか?」

「ああ。そこは何もないただの館よ。ちょっとアンティークな感じがして私は好きだけど。ただ毎年学生のサークルやオカルト同好会やらが来て合宿をするのよ。真夜中に叫び声はうるさいし。毎回警察がやってきてるのは不思議だけれど」


 それ絶対殺人事件起きてるやつでは?

 真夜中の叫び声は誰かの悲鳴では?

 クローズドサークルで密室殺人とかでは?

 怖くて聞けない……。

 

「そ、そうなんだ……。じゃあこっちの教会は? 墓地もあるみたいだけど。どうして禁足地になってるの?」

「ああ……。そこは私もわからないわ。姉さんは何か知ってる?」

「この教会はね――ただ不気味なだけ。なぜか外から来たお客さんが皆悲鳴を上げて逃げ出してくるの。村の人たちが行っても何もないのだけれど。不思議だよねぇ」

「そうね。あとこれから行くのはその教会だから。そこに私たちの友達がいるの」

「え? 行くの? 本当に?」

「何よ? なんか文句あるわけ?」

「ないです。全然オッケー!」


 その教会、絶対何かある……。

 だが二人が呪いを解いてくれるために協力してくれているんだ。

 怖いから嫌だとは言えにない。

 陰キャにその場の空気を逆らって自己中に行動するなんてことはできないのだ。


※※※※


「ここが教会かぁ……」


 やってきたのは古めかしい教会だ。

 すぐ隣には墓地も隣接している。

 

「入るのやだなぁ……」

「何してんのよ。友達待たせてるんだから早く入るわよ」


 ここには呪いを解くためにやってきた。

 呪いを解く条件は年の近い女子と一晩同じ部屋で過ごすこと。

 協力してくれそうな姉妹の友達がここにいるらしい。


「すいません。今行きます」


 先に伊藤さんと飛鳥姉さんが教会に入っていってしまう。

 古いと言っても重厚な木の扉だ。

 ギギギと木が軋む音がしてゆっくりと開く。


「以外に普通かな?」


 窓という窓がすべて遮光カーテンで遮られているためか。

 中は薄暗かった。


「この椅子に座って、信者の方々が祈りをささげるんですね」

「そうよ。私と姉さんは無神論者。というか一般的な日本人だから信仰とかわからないんだけれどね」

 

 長椅子が並べられている。こういう場所は初めてだ。少し座ってみる。

 ひんやりとして気持ちいい。

 視線の先には牧師さんが説教を行うであろう台があり、その後ろには大きな十字架が。大きな十字架があるはずなんだけれど……。


「十字架が折れてる」

「今修理中なんだって。だから礼拝堂も開かれてないから人がいないのよ」


 少し中を歩いてみるが、壁に飾られている十字架もすべて折られていた。

 まるで誰かが意図したかのように。


「まさかね。ははは」


 嫌な妄想を否定する。

 偶然に決まっている。


「二人ともこっちよ。ミスティちゃんいたわ」


 礼拝堂の奥の扉から一人の少女が出てきた。

 長い髪に金髪。黒の修道福を着ている。そして印象的なのが真っ赤な瞳。

 僕よりも年下そう。中1、もしくは中2くらい?


「いらっしゃい。舞ちゃん、飛鳥ちゃん。神の御導きに本日も感謝を。あら今日は見慣れないお客さんもいるのですね」

「初めまして。僕はどこにでもいる底辺高二男子です――痛い」


 隣にいる伊藤さんがデコピンをしてきたのだ。


「そんな挨拶の仕方しないの。自分を簡単に底辺だなんて言わない。相手に失礼だし、あなたを生んでくれたお母さんにも失礼」

「つい癖で。改めて僕は――」

「知っています。幹也お兄さん。私はミスティ・フランソワーズ。ここでシスターをしています」

「よろしくお願いします。フランソワーズさん。そうですか。もう二人から連絡があったんですね」

「いいえ。ここに公衆電話はありません。ですが神はすべてを見通されております」


 フランソワーズさんが急に僕のパーソナルスペースを犯してきた。

 形の良い鼻を僕の体に沿わせて、すんすんと臭いを嗅いでいる。

 体の下から上まで念入りに。

 初対面の金髪シスター美少女にこんなに近づかれて、緊張しない男はいない。

 胸がどきどきして僕は身動きが取れなかった。


「ミスティちゃん、その劇物に近寄ったら危ないわ。離れないと!」

 

 劇物扱いはさすがにひどいのでは?


「知っています」


 そしてナチュラルに初対面の女の子から劇物扱いを受け入れられたよ。

 まぁ、事実だけれど。


「あの、本当に危ないですから」


 注意をしたが時すでに遅し。

 これだけ異性が近づいてきて、呪いが発動しないわけがなかった。

 天井からバキと何かが砕ける歪な音がする。


「危ない!」


 反射的にフランソワーズさんの華奢な体を抱えて飛んだ。

 僕たちは床に転がり、さっきまでいた場所には照明が派手な音をして砕け散っていた。


「大丈夫ですか?」


 ふと違和感を覚える。顔がまるでマシュマロみたいなふわふわとしたやわらかい感触に包まれていてとても気持ちいい。

 何だろうと確認すると僕はフランソワーズさんの慎ましやかな胸に顔を押し付けていたのだ。


「すすす、すいません!」


 急いで離れようとしたが、フランソワーズさんが逆に頭を抱きしめて離さない。


「やっぱりいい。魔的な香り。そして芳醇な呪いの気配」


 フランソワーズさんの顔が僕の顔の目の前に降りてきた。

 その小顔は病的なまでに白い。

 小さな口から見える鋭い犬歯が印象的だ。 

 それに人形のような美しさとかわいらしい幼さが同居していて、一回り年下とはいえこの至近距離では意識せざるを得ない。

 めちゃくちゃドキドキする。


「魔的? 呪い?」


 意味深なことを言う。普段なら絶対に信じないが、フランソワーズさんの妖艶な笑みが不思議な説得力を生み出す。

 花? フローラル? よくわからないけどそんな香りがして頭がふわっとする。

 その香りの中に少し錆びた臭いがした気がして僕を正気に戻してくれた。


「だ、だめですよ! すぐに離れないと!」

「平気。幹也お兄さんになら、何されてもいいよ」


 耳元で小さくささやかれる。

 何がいいんだろうか? ナニまでいいのだろうか?

 だめだ。僕の思考が何かいけないものに浸蝕されている気がする。けどそれがすごく心地いい。


「いつまでそうしてんのよ! 離れなさい!」


 ここで伊藤さんの助け船が出された。

 ようやくフランソワーズさんから離れられて、安堵する。


「あの子は臭いフェチだから。気を付けて。それから年ごろの女子が男子にべたべたしない! それで中学校の同級生に勘違いされて苦労したのもう忘れたの?」


 なんと魔性の女であったか。


「はーい」


 さっきまでの妖艶な雰囲気はどこへやら。中学生らしいかわいい笑顔だ。


「ところでこの壊れた照明どうしますか? 片付けなら僕がしますけど」

「大丈夫ですよ。お兄さん。もともとこの教会は今日修理する予定だったんです。もうすぐ業者が来てくれるんで何とかしてくれるでしょう」


 なら安心だ。


「それより、お姉さんたちはどうしてここに?」


 飛鳥姉さんが事情を話す。


「なるほど。解呪のためにお兄さんと一晩を共にするんですか……」

「嫌なら、いいですよ。僕が村を出ていけばいいだけの話ですから」

「どうせ今日はお姉さんたちの家に泊めてもらおうと思っていたので。ちょうどいいです。それにお友達の頼みだもの」


 あっさりと了承してくれた。

 逆に何かありそうで怖い。さっきの妖艶な雰囲気も含めて、どうしても深読みしてしまう。


「決まったなら早く行きましょ」

「せっかくですから、初めてきた幹也お兄さんに墓地も案内しようと思うのですがどうでしょう?」

「ちょうどいいと思うわぁ」

「そうね。それくらいの時間ならあるし」


 伊藤さんが、まるで流れ作業をするかのごとくあっさりと流した。

 姉妹二人が先に教会から出ていく。

 僕も後に続こうとすると、フランソワーズさんがまた耳元まで寄ってきた。


「さっき言ったこと本気だから」


 僕の心臓がドクンと跳ねる。

 耳元に寄ってきたのも一瞬。フランソワーズさんはすぐに離れた。


「あと、私のことは下の名前で呼んでくれるとうれしいです」


 白い頬に朱がさす。

 少し照れながら勇気を出している姿はかわいかった。


「さすがに呼び捨ては……。じゃあ、ミスティちゃんで」

「ありがとう。幹也お兄さん」


 ミスティちゃんはうれしそうにスキップしながら教会から出ていった。

 僕はこの一連の騒動で、感情のジェットコースターに乗ったような疲労感に襲われて、しばらく茫然と立ち尽くすしかなかった。



 

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