第7話 村おこし過激派
さっきまでいたお祭りの準備のために賑わっていた商店街からどんどん東に進んでいる。
東に進めば進むほど、なぜか建物が汚くなり、ゴミも増えている。
さっきは村の準備のための怒声が飛び交っていたが、今周囲から聞こえる怒声は全く別の種類の物だった。
一言で言い表せば、商店街の東側は無茶苦茶治安が悪そうだった。
「なんですか? ここ?」
「見たまんまよ……」
伊藤さんも怯えている。
僕じゃあ頼りないだろうが、もし何かあれば伊藤さんと飛鳥姉さんの二人を守る壁くらいにはなれるようにしたい。
「相変わらずねぇ」
飛鳥姉さんは平然としている。
か弱い女性と侮ってはいないが、肝が太すぎやしないだろうか。
「ここは村おこししてないんですか? それにこの荒れ果てた惨状、明らかに異常ですよ」
居酒屋だろうか。すぐそこの建物からは昼間だというのに賑わっていて外まで声が聞こえてくる。その声も乱暴な口調だし、酒瓶だろうか、何かが割れる音まで頻繁にする。
「ねぇ、姉さん。前にもましてひどくなってない? 一体どうなって——」
伊藤さんが話している途中で、目の前のガラスが割れて男が飛び出してくる。
派手にガラスは割れて、地面をゴロゴロと転がった勢いのまま立ち上がった。
この男は逃げ慣れている。そんな風に感じた。
「後ろに下がって」
僕は反射的に二人を背に庇う。
周囲を見渡す。他が来ないか警戒をしつつ、目の前の男からも視線は外さない。
「窓から来る」
男が出てきた窓から酒瓶が飛来し、男の横腹に直撃。男は悶絶してその場に倒れこんでしまう。
「ひゃっはー! やったぜぇ」
割れた窓から女が出てきた。
シャツにパンツというラフな格好だが、乱闘でもしたのだろうか? 服装は乱れに乱れている。
そして何より異常なのが手に持っている自動小銃と太ももに装着したサバイバルナイフだ。。
「ねぇ、あれってエアガン……だよね?」
「当たり前でしょ。こんな片田舎に本物の銃なんてあるはずないじゃない。第一銃刀法違反よ」
僕のシャツをぎゅっと掴み、手をぷるぷると震わせている。
守ってあげなくちゃ。こんな僕にもそう思わせる程、伊藤さんは不安そうに僕に頼ってくれていた。
「お前が調子に乗ったこと言ったからこうなるんだよ。これでここの払いはチャラだ! 今日は浴びる程酒を飲むぜぇぇぇ」
女性にあるまじき下品さとワイルドさを兼ね備えた女性だ。
どうやら僕たちはお邪魔のようだから、ゆっくり足音を立てないように退散した方が良さそうだ。触らぬ神にたたりなし。厄介ごとは避けるのが、うまく生きる定石だ。
「あらあらあら」
だというのに、飛鳥姉さんがとてとてとこの場に似つかわしくない緊張感のない足取りで渦中の二人のもとへと歩いていく。
「ちょっと! 飛鳥姉さん!」
僕が止めようとするとシャツが引っ張られた。
「大丈夫だから」
伊藤さんが言った。
どういうことだろうか?
あんな危なそうな人種に関わったら碌なことにはならない。
「でも危ないよ」
「姉さんは、大丈夫だから。あの二人はどうなるかわからないけど」
「え?」
飛鳥姉さんが勝利の雄たけびを上げている女性に近づいていく。
それに気づいたのだろうか、自動小銃をかたかたと震わせながら眉を吊り上げて飛鳥姉さんを見た。
やっぱり見てられない。
僕が一歩踏み出そうとした時だった。
飛鳥姉さんの体がぶれた。
気付いたら女性は足払いをされて、地面に転がされている。流れるような足さばきで自動小銃を蹴り飛ばし、女性の太ももにあったサバイバルナイフをその首元に突き付けた。
「ひぃ!」
たまらず女性は怯えて悲鳴を上げる。
「ねぇ、どうしてこんなことしてるの?」
飛鳥姉さんの表情はいつも通りやさしい笑顔だ。だからこそ、恐ろしい。
でも聞いていることは、常識的だ。
窓を割ったり、酒瓶を投げての乱闘。この村でやっていいことではない。
「さ、さすがだなぁ。自分の身を呈して、いけないことをしている人には注意する。うん。立派なことだと、僕は思うよ……」
少し予想外だったから驚いたが、いけないことを注意するのは人として当然の行いだ。それに今の身のこなしも見事だ。見習いたいくらいである。
「そうね……。その注意する方向性が常識的な物なら、ね」
「どういういこと?」
見ると封じられた女性が、ぶるぶると震えている。まるで肉食獣に捕らえられた草食動物のようだ。
「ねぇ、なんでこんなことをしていたの?」
「いや、あの、酒を飲んでたらあいつがセクハラまがいのことをされましてね。それで喧嘩に……」
飛鳥姉さんがにこりと笑う。
横たわる女性の顔寸前で拳が寸止めされる。
「ひぇ」
「ちがうよぉ。戦う理由なんてどうでもいいの。問題は勝った直後。まだ敵の息の根があるのに無駄口叩いてたでしょ? あれは何?」
女性の顔色がみるみると真っ青になって「え、いや、あの、その」としどろもどろになる。
「獲物の前で舌なめずりは三流の仕事よ。そう、教えたでしょ?」
「ま、待ってください! 姉御!」
「息の根はしっかりと止める。最低でも意識は刈り取らないきゃ、だね。こんな風に」
女性の腹に飛鳥姉さんの拳が突き刺さる。
その一撃で女性の意識を刈り取った。
匠の技である。
「え? は? どうなってるの?」
普段のおっとりとして、やさしい飛鳥姉さん。それがこの荒くれ物に姉御と呼ばれた? それにこの体術は尋常ではない。明らかに訓練されたものだ。
なにより、飛鳥姉さんの豹変ぶりに僕はついていけない。
「ここは村おこし過激派の本拠よ」
「過激派? じゃあ、さっき山車とか作ってたのは穏健派?」
幹也の背中に顔を埋めながら、伊藤さんは説明してくれた。
「そう。さっき祭りの準備をしていたのは、村の伝統的な文化を色々な人に広めようとまっとうな手段を取るべきだと主張している人たち。それが村おこし穏健派よ」
「じゃあ、この人たちは?」
「村おこし過激派。村の急激な人口減少と少子高齢化はひどいものよ。毎年、若者は都会に出ていくし。だから穏健派みたいなまっとうな手段では足りない。どんな手を使ってでも人を集めるべきだという人たちがこの過激派よ……」
「じゃ、じゃあ……。人を無理矢理さらってきて村の一員にする、みたいな?」
「そこまではしてないと思う。……まだ」
「まだ!?」
「一応ここは実際に戦争のようなリアルな体験ができる都市型サバイバルアクションゲームの舞台にする……という名目らしいわ」
「えぇ……」
サバイバルゲームとはたしかエアソフトガンで模擬戦闘を楽しむ遊びだったはず。確かに筋は通っている……のかな?
けど、それにしては物騒すぎる。薬の1つはやっていそうな雰囲気だ。
「あなたにも教育しないといけないわね」
笑顔でゆっくりとした足取りで倒れている男の方に近づいていく。
今の飛鳥姉さんはさながら、ゲームのラスボスだ。
「あ、ああ、あああああ!」
男は床を這いずりながら逃げるが壁に阻まれてしまう。
「負けるのは論外。でも今の戦闘はまだ終わってなかったわ」
大の大人、しかも飛鳥姉さんより一回り近く年上の男が号泣している光景に僕は声も出なかった。
「血反吐を吐いてでも抵抗しなきゃ。そうか隙を見出すために死んだふり。あなたはそのどちらもできてなかった。そんなんじゃあ、お客さんにリアルな戦闘体験は提供できないし、満足しないの」
「イエス! マム!」
「よろしい。じゃあ、お仕置きだね」
さっきの女性と同じようにきれいに意識が刈り取られた。
その恐ろしい光景に、さっきとは別の意味でぶるぶると震えていた。
「ごめんね。不甲斐ないところを見せちゃって。教育が足りなかったみたい」
「あの、姉御は一体ナニモノなんですか?」
「やだぁ、幹くんったら。姉御だなんて恥ずかしいわ」
頬を赤く染めて恥ずかしそうに身をくねらせる様はどこからどうみても普通のお姉さんだ。
だが忘れるな。
目の前のお姉さんは、一瞬で大の大人の意識を刈り取って屈服させたやばいじゃなくてすごい人だ。
「姉さんは村おこし過激派、その筆頭よ」
「筆頭だなんて、そんな大したものじゃないわよぉ。もう舞ちゃん、幹くんの前でそんな恥ずかしいこと言わないでよ」
「いいえ。僕は飛鳥姉さんはすごいと思います。どんな形であれ、人の上に立って導ける人のことを僕は尊敬します」
「真面目に褒められると照れちゃうなぁ」
そして油断しているところで、呪いはやってくる。
「あ」
飛鳥姉さんが何もないところで躓いてしまう。僕は咄嗟に助けようとするが僕まで足を滑らせて飛鳥姉さんと激突。
そして自分でもどうしてかはわからないが、飛鳥姉さんのスカートの中に顔面が見事ゴール。
「うわあああああ」
やばい。やられる!
さっき二人の男女の末路が脳裏に浮かぶ。
慌てて、飛び出し距離を離した。
「あらら。しばらくそのままでもよかったのに。もういいの?」
「何言ってんですか! 年ごろの女性がそんなはしたないこと言ったらだめです!」
普段なら人に注意できるほど、偉そうな立場ではないからしない。だけど、絶対やられると思ってたのに予想外の反応で僕は今絶賛混乱中だ。
「そうよ! 姉さん」
「あ、誰にでも良いってわけじゃないのよ。幹くんだからいいの」
「それってどういう意味——」
「あーあーあー! 早く呪いを解くために出発しなきゃ。行くわよ!」
伊藤さんが僕の言葉を遮って、先に行く。
僕と飛鳥姉さんもその勢いに負けて、慌てて追いかけた。
その途中で、一瞬僕の耳元で飛鳥姉さんが囁く。
「私に食べられないように気を付けてねという意味よ」
キョトンとしていると、飛鳥姉さんが笑って「待ってー。舞ちゃん。怒らないでよー」と先に行ってしまう。
やはりわからない。
けど最後に飛鳥姉さんが囁いた表情が妖艶で。
しばらく僕は自分の心臓の高鳴りが抑えられなった。
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