第4話 ツンデレと突然生えてきた呪い


「わぁすごい!」


 朝。

 伊藤家の食卓に並んでいた朝食の数々。

 日課のランニングついでに獲ったアユの塩焼きに山に生えていたキノコを使った味噌汁。窯で炊いたご飯。

 それが伊藤家に世話になることになった僕の精一杯の恩返しだ。


「この程度で申し訳ありませんが、僕の精一杯の気持ちです。年ごろの女の子が住んでいる家にごやっかいになるんです。これくらいしないと申し訳が立ちません」


 僕が作った申し訳程度の食事にこれほど飛鳥姉さんが喜んでくれるとは思わなかった。一方、伊藤さんは暗い表情だ。やっぱり僕のような奴が作った料理では満足できないのだろう。


「ごめんなさい。僕の作った料理じゃ、だめですよね……」

「違うわよ。あんたのその態度が気に喰わないの。これだけの物作っといて、なによそれ。謙遜も過ぎれば嫌味よ。本当にむかつく」


 謙遜したつもりはなかったのだが、気を付けよう。


「勘違いしないでね。きつい言葉だけど舞ちゃんはただ悔しいだけよね。この間も目玉焼き焦がして半泣きだったしねぇ」

「ちょっと姉さん! 言わないでよ!」


 伊藤さんはきつかった表情が途端に崩れて泣きそうな顔で飛鳥姉さんに抗議した。


「だからね。君を貶したんじゃなくて、舞ちゃんはこれ以上にないくらい幹くんが作った料理を喜んでるのよ」

「なる、ほど……。喜んでくれてるんですね」


 ちょっと信じられない。だけど、喜んでくれてるのならこれ以上うれしいことはない。


「ああ! せっかくのおいしい朝ごはんが冷めちゃうから早く食べるわよ!」


 顔を真っ赤にして必死な表情で伊藤さんは言った。


「照れちゃって舞ちゃんかわいい」

「うるさい!」


 誰かと一緒に笑顔で食事を摂るなんて久しぶりだ。

 こうして平和に朝食の時間が過ぎるはずだった。

 飛鳥姉さんの一言がなければ。


「あ、それと幹くんは呪われてるから。これからはくれぐれも気を付けてね」


 まるでそこの醤油を取ってほしいくらいの気軽さで言われた一言。


「はい?」


 つい耳を疑う。呪い? 何それ?


「だから呪いよ。ラッキースケベの呪い。くれぐれも私たちに過度な接触は控えてよね」


 しかも今、ラッキースケベと言いましたか?

 ラッキースケベっていうのは、どこでもつながるピンク色のドアを開いたら好きな女の子が入っているお風呂に繋がって『きゃー! エッチ』となる例のあれだろうか?

 だめだ。頭がついてこない。


「いろいろ聞きたいことはあるんですが、どうして僕が呪われてるってわかったんですか?」

「幹くんが裸で倒れてる時に見ちゃったのよ。お腹に刻まれた呪いの跡が。この村に来た人がかかる流行り病みたいなものだから」


 お腹を確認すると確かに黒の幾何学模様が浮き出ていた。

 

「安心しなさい。命に係わるようなことはないわ。それに今日、村を案内するし、その時に嫌でも思い知るわよ」

「村を案内してくださるんですか?」


 そんなことは思いもしなかった。


「勘違いしないでよね! この朝ごはんがおいしいからとか、あんたが9年ぶりに村に戻ってきて日用品を買うのにも困るだろうなとか思ったからじゃないんだからね! ただの暇つぶしよ!」

「わかってます。僕には親切にしてもらうほど価値はないですから」

 

 僕がそう言うと伊藤さんは黙り込んでしまう。

 

「さすがにその言い訳は無理がない? 舞ちゃんがこんなにツンデレさんだったなんて私知らなかったなぁ」

「ツンデレじゃない!」


 ツンデレが何かは知らないが、二人が仲良さそうに話している姿を見ると和んでしまう。こんな生活がずっと続けばいいのに。

 なんて呑気な願いを忘れ去ってしまう程、僕の呪いが厄介なものだったとはこの時はまだ思いもしていなかった。

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