第3話 知らない天井、じゃなくておっぱいだ
「知らない天井、じゃなくておっぱいだ」
野宿のために魚を獲っていたはずだ。
興奮のあまり「獲ったどー」と似合わない叫び声を上げた後の記憶がない。
いつのまにか和室の敷布団で寝かされていた。
そして、なぜか目の前にきれいなお姉さんの大きな生おっぱいがあった。
それもメロンと見紛うような立派で形のいいものが。
お姉さんは服を着ていない。服を着かえているからどうやら着替えの途中らしい。現実感がなさすぎる。やはり夢か。
「目が覚めたのね。よかったわ。幹くん」
「へ? あ、はぁ?」
間の抜けた返事しかできない。
頭がぼうっとしているのもあるけど、目の前の美人に見惚れていたのもある。
腰まで伸びた亜麻色の長髪。優しそうな目鼻立ちは、男が理想とするやさしい姉像そのものだった。
「あ、ああ! な、なな何で裸!? 僕出ていきます!」
「あ、ちょっと待って」
僕が寝かされていたのは畳の上。
こんな美人なお姉さんに裸で待ってなんて言われて、冷静でいられる思春期男子はいない。けどとりあえず外に出なければ!
布団をはねのけて立ち上がる。
「あら、ご立派」
美人なお姉さんは少し頬を赤らめて言った。
腰に巻き付けられたバスタオルがひらりと舞い落ちていた。
そうだ、僕も裸だった。
茫然としている暇はない。状況は刻一刻と変化する。
「姉さん、あいつ起きた?」
襖が開き、和室に入ってきたのはさっき川で出会った少女だった。
当然、目が合う。少女は固まった。空気も固まった。
当然だろう。見知らぬ男が全裸で、これまた上半身に何も身に着けていない姉の前に仁王立ちしているのだから。
ここで僕が取れる行動はただ一つ。
「すいませんでしたー!」
自分の両目を指でついて視界を潰し、誠心誠意詫びる。これしかない。
「がはぁ! 目が、目がぁぁぁ!」
視界が真っ暗でわからないが、「なにしてんのよ! あと姉さんは早く服着ろ!」「わわ大変だわ」と二人の美人姉妹が慌てている声が聞こえた。
「私たちは部屋から出てるから! 早くこれ着て!」
「でも幹くんけが人だから、お着替え手伝ってあげないと」
「子供じゃないんだから、着替えくらい自分でできるわよ!」
なんだか言い争う声が聞こえた後に襖が開閉された音が聞こえた。どうやら二人は外にでたみたいだ。
台風のような目まぐるしさに僕は茫然とするしかなかった。
「とりあえず着替えるか」
視界が回復してから、ジャージを着た。
※※※※
「申し訳ありませんでした。腹を裂いてお詫び申し上げます」
自分の醜態だけでなく、乙女の柔肌を見てしまった。万死に値する行動である。腹に手を当てると止められた。
「あんた、何してんのよ。どこの時代の人間よ。いらないから、さっきのは勝手にここで着替えようとした姉さんが悪い」
「だって気持ち悪かったんだよー」
「だっても、何もない! 男の前で無防備に着替える年ごろの女がどこの世界にいるのよ」
「ここにいるよ」
妹と思われる少女が、顔を引きつらせる。
「それに幹くんになら見られても全然大丈夫だよ。ね?」
突然話振られても困る。
どうすればいいの!?
それより気になることがある。
「あの、発言を許してくれるならなんですけど……。いいですか?」
「何遠慮してんの? 話したいことがあったら話せばいいじゃない」
「気を失った僕を運んでくれたんですよね? ありがとうございます。僕も急に激痛が下半身にして。何かの病気かな?」
「だ、大丈夫よ。体に傷はなかったから気にしなくていいわ」
妹の方が少し気まずそうに顔を逸らしていた。
「で、お二人は僕のことを知っているんですか?」
二人はきょとんとした顔で僕の方を見てくる。
その顔はどこか見覚えがある。
美人姉妹に僕を幹くんと呼ぶ。
妹の眉がどんどん吊り上がってくる。姉の裸を見られてさえ、寛容に許してくれたのに、なぜ?
そしてその怒った顔はすごく見覚えがあった。
「あ、その怒った表情は舞ちゃん。ということはそっちの美人なお姉さんは飛鳥ねぇね」
昔よく一緒に遊んだ幼馴染の姉妹だ。
諸事情で9年前に外へと引っ越して以来の再開だった。
「ねぇ、私の怒った顔で思い出すってどういうことよ?」
「ごめんなさい! 伊藤さん。それと……」
さすがに昔みたいに舞ちゃん、飛鳥ねぇねと呼ぶわけにはいかない。
だが二人とも同じ苗字だから、どう呼べばいいかわからない。
「昔みたいに飛鳥ねぇねでいいよぉ」
「いや、さすがにそれは……。じゃあ、飛鳥姉さんで」
照れながら言うと、えへへと飛鳥姉さんはうれしそうに笑う。
そんな一つの表情にどぎまぎしていると不満そうにこちらを見つめてくる伊藤さん。
「そんなことはいいから、早くお風呂入ってきなさい。いくら夏だからって川に潜ってそのままだったら風邪ひくわよ」
「ありがとうございます」
「あと敬語じゃなくていいわ」
「いやいや。僕みたいな人間が気軽にため口なんて。ただでさえ失礼なことばかりしているんですから」
伊藤さんは不満そうな顔をしていたが「わかったわ」と渋々了承してくれた。その申し出はすごくうれしかったけど、僕みたいな最底辺の人間が伊藤さんにため口で話していたら伊藤さんも軽く見られてしまう。それだけは避けなければ。
「あのそれとやっぱりお風呂を借りるなんて悪いんでやめときます」
「それはダメ。臭いから入って」
僕は伊藤さんに無理矢理腕を掴まれて強引に浴室へと向かった。
※※※※
「舞ちゃん、あの体の傷見た?」
「見たわ。確かにすごかったわね。あの筋肉……」
久しぶりに見た幹也の体はすごく逞しくなっていた。
一見弱腰な優男だが、あの体つきに思わず目を奪われていた。そのことに気付かれず、ほっと息をつく。
「違うよー。あの傷のこと! もしかして幹くんの体に興味津々なの? 確かにあの鍛えられた体はすごかったからねぇ。すごく強そうだったし」
「ちち、違うわよ! 傷のことね。わかってるって」
飛鳥姉さんが意地悪そうにニヤニヤと笑う。
時々こうやってからかってくる姉さんは嫌いだ。
「もー。いじけないでよ。悪かったと思ってるって」
顔をそむけたのに、飛鳥姉さんは私に甘えるように抱き着いてくる。
「あの傷だけじゃない。態度も気になったわ」
あの態度は卑屈すぎた。いくら異性の裸を見てしまったからと言って目を潰そうとしたり。切腹はいくらなんでも冗談だとは思うけど。
「舞ちゃん、振られてたしねぇ」
「振られてない! 敬語のままなだけ」
敬語じゃなくていいと言って断られた。
あの態度と体の傷から考えられること。それは……。
「いじめ、かなぁ?」
「そうかもしれない」
考えたくはないけれど。都会の高校でいじめられていたのかもしれない。
「ね、あの計画。乗ってみてもいいんじゃないかと思うんだ」
「は、はぁ? 嘘でしょ? あんなのに幹也を巻き込むっていうの?」
この村では今とある計画が進行している。
その計画の被験者を幹也にやってもらおうというのだ。
「でも傷ついた幹くんを癒してあげるにはちょうどいいと思うの」
「あの二人もなんて言うか……」
「きっと賛成してくれるよ。それに幹くんかっこいいし」
「それは……」
確かに癒されるかもしれない。だが、これは幹也を騙すということ。やり方を間違えたら余計に傷つけてしまいかねない。
「あいつにも予定があるだろうし。そう簡単にいくかわからないわよ」
「いいじゃん。いいじゃん。できなかったらできなかったで。私は幹くんの力になってあげたい。舞ちゃんはちがうの?」
昔、告白されてそのまま村の外に行ったのは正直まだ心のどこかで引っかかっている。けど、あんな状態の幹也を見て力になってあげたいと思ったのもまた事実。
「わかったわよ。協力するわ」
「やった! 舞ちゃんが協力してくれるなら百人力ね!」
そのお気楽な態度にため息しか出ない。
けど、幹也が少しでも笑ってくれたら、心の傷を癒してくれたらとそう心の底から思った。
今日の再会が始まりだった。
この時の私は思いもしていなかった。
私の世界が根底から覆ってしまうなんて。
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