第5話 ラッキースケベの呪い本格稼働

「なんだかすごく賑わってますね」


 呑気にこんな発言をしているのは、この間再会したばかりの幼馴染の幹也だ。

 朝に散々私を苛立出せたのに、もうどこ吹く風である。

 動揺したのが私だけみたいで正直むかつく。

 

「当然よ。今ここは村おこしのためのお祭りの準備でみんな大忙しなんだから」


 屋台の設営や山車の制作などで、村唯一で最大の商店街は大忙しだ。

 場所によっては怒号が飛び交っている場所すらある。

 

「皆、すごい気合ねぇ。私、こっちは久しぶりに見たけど相変わらずね」


 姉さんも驚いた様子で感心している。


「けど、なんだか皆さん必死すぎやしませんか?」

「そりゃそうよ。今、村は急激な過疎化で人が滅茶苦茶減ってる。皆なんとか村に人を呼び込もうとして必死なの。特に若い世代を取り入れようと若者の間で人気のキャラクターとかを山車にしたりでいろいろと工夫を―」

「舞ちゃん。舞ちゃん」

「何よ姉さん? 今、無知な幹也に私がいろいろと教えてやってるところなんだけど」

「けど幹くん、もういないよ」

「え?」


 さっきまで傍に居た幹也がいない。


「あいつ、どこ行ったの?」

「あ、いた」


 姉さんが指さした先にいたのは巨大な山車を作るために、色々と手伝わされている幹也がいた。


「次はそこの木材を取りな! そこでぼさっとしてる新入り! さっさと取ってきな!」

「はいぃぃぃ!」


 見事にパシらされていた。

 あまりの自然なパシられぶりに、見知らぬ顔なはずの幹也に対して誰も違和感を抱いていない。ある意味才能か、と呆れ半分だが感心してしまう。

 いや、呑気に眺めている場合じゃなかった。

 今の幹也にはあれがある。


「あ」

 

 脚立の上で作業していたタンクトップ姿の若い女性が落ちた。


「危ない!」

 

 幹也が咄嗟に助けに入って、一緒に地面に転ぶ。 

 そしてそこには信じられない光景があった。

 幹也の頭が女性のタンクトップの中にすっぽりと入っていた。


「呪い、すごいわねぇ」

「いや、姉さん。呑気に言ってる場合じゃないわよ! というかどうやったらタンクトップの中に頭が入るのよ! もしかして狙ってやってるっていうの!?」


「すいません!」と狼狽えながら、焦って身動きが取れない幹也を強引にタンクトップから出して女性に土下座させる。私も一緒に謝ったが、「いいのよ。私も新人の子だと間違えちゃったんだから。それに例の呪いでしょ? なら仕方ないわ」と快く許してくれた。

 

「本当に失礼なことをしてしまいました。まさか女の人のタンクトップに頭を突っ込む経験をするなんて思いもしなかったですよ。もしかして今のが呪いなんですか?」


 幹也の頬はまだ赤い。


「そうよ。私も最初は呪いなんてものはありえないって思ってたんだけど、実際この村の外からやってきた人はかかりやすいみたい」

「というか呪いって普通死んだ人の怨念とか復讐のために人の強い恨みとかそういのじゃないんですか? なんでラッキースケベ?」

「知らないわよ! そんなこと。呪いのことはまだいいわ。私が村の説明してたのに勝手にいなくなるんじゃないわよ。その呪いの本領はこれから発揮されるの。下手に知らない人となったら大変なんだから。私の傍から離れたらだめよ!」


 私の言葉を聞いて、なぜか姉さんが頬を赤らめてニヤニヤしながら「あらあらあら」と気色ばむ。


「あれー? それって舞ちゃんは幹くんのスケベ呪いに巻き込まれてもいいってこと? きゃー! 健気!」

「ちちち、ちがうって! 知らない他の人を巻き込んだらだめだから。仕方なく! 仕方なく私が犠牲になってあげようって。ただそれだけなんだからね! くれぐれも勘違いしないように!」


 びしっと指をさして幹也に勘違いしないように言い聞かせる。

 だが、そこにはすでに幹也はいなかった。


「舞ちゃん舞ちゃん」

「わかってる。もう言わないで。さっきと全く同じ流れだから」


 見ると幹也はすでに他の場所でパシリをしていた。

 決して強制されたわけじゃない。光に誘われた虫のように本能でパシリに行っているとしか思えない。

 

「なんとかしてあげないとな」


 これは本格的にいじめられていて、パシリ体質が身に沁みついてしまっているのかもしれない。

 幼馴染として助けてあげたい。

 あんたはそんなに自分を下げなくてもいい。立派な一人の人間なんだからって。

 道は長そうだと、ふーと息を吐いて気合を入れた。

 昔から、あいつは私がついてないと頼りないんだから。


「舞ちゃん。決意を新たにしているところ悪いんだけど。今回は早く助けてあげないとまずいかもしれないわよ」

「わかってるわよ。どうせ今度も女の子のお尻とかに顔を突っ込んでるんでしょ?」

「うーん。ちょっと違うし、助けなきゃならないのは幹くんのほうだと思う」

「え?」


 そして自分の目を疑った。

 たしかに幹也はまた痴漢まがいの状況になっていた。これではラッキースケベではなく痴漢の呪いだ。しかも今度は顔を突っ込んでいるのは股間部だ。

 ただし。

 筋骨流の男の顔が幹也の股間に押し付けられているのだった。


「なんてやわらかい……。そして透き通るような香り! だめだ、これは……。抑えられん。ああ!」

「ひぇぇえぇっぇえ!」


 ロープが絡まってなかなか脱出ができないみたいで大変!

 幹也が脱出しようともがいてる。

 早く助けなきゃ!


「そんな押し付けてくるなんて積極的で素敵だ!」

「え? なんだかわからないけどすいません。今すぐどきますから。もう少しお待ちください」


 野獣の眼光に怯えて幹也が震えている。

 というか野太い声であえがないで。

 早くしないと幹也がヤラれちゃう!


「すいません! お騒がせしました!」


 私は急いで二人に絡まったロープをほどく。

 無理矢理幹也の首根っこを引っこ抜いて連れ出した。


「へ? え? あの、ちょっと! まだあの人に謝ってないです」


 狼狽えている幹也など無視してどんどん進む。

 

「あら、残念。良い男同士の恋愛見て見たかったのに……」

「姉さんの趣味にとやかく言うつもりはないけど、あんまり外で出さないようにした方がいいわ」


 姉さんにそっちの趣味があっただなんて知らなかった。

 家族の意外な趣味を知ってしまうのってなんだか気まずい……。

 いや、今は姉さんのことより幹也のことよ。


「ねぇ、すぐにどこか行っちゃうけど私の話つまんない?」

「ちがう! ちがいますよ! 本当にごめんなさい。けど、あちこちから何かしてほしいって声がして。体が勝手に動いてしまうんです。助けを求めてる人には、なるべく手を貸してあげたいから」


 幹也はしょぼんと濡れた子犬のように落ち込んでいる。

 パシられ癖もあるのだろうが、幹也本来のやさしさ故の咄嗟の行動らしい。


「助けてあげたいっていう気持ちは立派だと思うわ。けど、今は久しぶりに会えたんだから、少しは私にも付き合ってほしい……」

「そうですね。努力します」

「わかったわ。こうすればいいのよ」


 幹也に手を差し出す。


「あの。これは……?」

「手をつないであげるってこと。手をつないでたら、またふらふらどっかに行くこともないでしょ」

  

 やばい。恥ずかしい。顔が茹で上がるようだ。


「ごめんな―」


 謝ろうとする幹也の口に人差し指を当てて、言葉を遮る。


「謝らないで。私は迷惑に思ってない」

「ありがとうございます」


 幹也が心からうれしそうに満面の笑みを浮かべる。

 初めて笑ってくれてとてもうれしい。

 けど私の口から出てくる言葉はそんな気持ちとは全く逆の物で。


「手をつなぐだけ。他に意味はないから」

「わかってます」


 ずっと恨んでるはずだった。

 告白されて、ずっと放置されて。私の気持ちの居場所はどこにもなくて。

 けど、幹也と再会して。そのやさしさに触れていたら復讐なんて気持ちがどっかに行ってしまった。

 我ながら、チョロいと思う。

 けど、今の幹也は放っておけない。

 そう思ってしまったんだから仕方ないよね。

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