第14話 もどかしさ
嵐山の観光スポットである竹林の小径は、写真で見た通り手入れされた竹林が両脇に続いていて、ほどよい木漏れ日がとても心地のいい場所だった。
そんな竹林の小径を往復している最中、恋人ごっこと称して俺の腕に抱きつくような形になっている萌香が、突然こんなことを尋ねてきた。
「圭太くんはどんな人がタイプなんですか?」
あまりに急な質問だったので、俺は言葉を詰まらせた。
「なんでそんなこと聞くんだよ」
野暮な質問かもしれなかったが、これはあくまでも間が悪かったから尋ねただけに過ぎなかった。
「なんとなくですっ。深い意味はありませんっ」
萌香は意地悪な笑みを浮かべながらそう言った。
「なら俺が答えたら、萌香も好きなタイプ言えよ」
「わかりました」
これで利害は一致した。
「そうだな……好きなタイプか……」
「具体的にお願いしますね」
俺は少し考えてみた。改めて考えてみると、好きなタイプを言葉にするというのは案外難しい。そもそも本当に好きなタイプが存在するのかすら怪しいところだ。
……それでも俺はなんとか言葉を絞り出す。
「強いて言うなら、芯のある人だな」
「芯のある人……?」
萌香はきょとんとした顔をしていた。
「なんだか抽象的ですね」
「しょうがないだろ。具体的にと言われても思い浮かばないんだから」
「それで、芯があるとは具体的にどういうことですか?」
「いやだから……」
具体的には思い浮かばないと言った側から具体的な回答を要求された。
芯のある人間とは一体どういった人間なのかといういわば形而上的な問いに対して、自分なりの答えを出すというのはそうそう簡単なことではない。
俺は芯のある人間とはどういった人間なのか、自問自答を繰り返した。
そしてなんとかして一つの答えを出す。
「……そうだな、例えば、自分なりの信念を持っていて、それを貫くために努力をしている人とか」
「信念を貫くための努力……。深いですね」
萌香は感心したように言った。
「結局あれだな。人は自分にないものを誰かに求めるんだ。俺は自分に確固たる信念を持っていないから、そういう人には憧れを抱く」
「なるほど……なんとなく理解できました。でも、私が聞きたいのはそういうことではありません」
「どういうことだ?」
「もっとこう……例えば、容姿とか」
「容姿か……」
容姿と言われても、今まで特にそれといったこだわりを持ったことがない。思い返せば、俺はアイドルとかそういったものにすらほとんど惹かれたことがなかった。もちろん女性の容姿を全く気にしていないと言えばそれは嘘になるのだが、だからと言ってそこだけを重視して普段から女性を見ているわけではない。
……ただ、今日は好みの容姿について確かな気づきが一つあった。
「萌香の今の髪型とか、個人的にはめっちゃ好きかも」
「ハーフアップですか?」
「そうそれ」
「へぇ……」
萌香は不思議そうに自分の髪を手でいじった。
改めてだがハーフアップというのは、髪を上半分だけアップにする髪型のことだ。ハーフアップは様々なアレンジが可能で、アップの部分を普通に結ぶ他に、編み込んだりお団子にしたりすることができる。ちなみに今日の萌香はアップした部分を編み込んでおり、どこかお姫様のような上品な印象を与えていた。
「……わかりました。他には何かありますか?」
「そうだな……無難だけど、笑顔が可愛い人とか」
「やっぱり笑顔が素敵な人はいいですよね……」
萌香は一度顔を俯かせた後、再度顔を上げて上目遣いで尋ねてくる。
「……ちなみに、私の笑顔はどうですか?」
そんなの決まっている。
「もちろん可愛い」
「そ、そうですか……」
萌香は顔を赤らめていた。
「自分で聞いておいてなんで恥ずかしそうにするんだよ」
「圭太くんの言葉がストレートなんです……! もっとこう、オブラートに包むような感じで言えないんですか……!」
「語彙力がないから仕方ないだろ」
「まったく……罪深い人ですね……」
「とか言いながら、萌香はこの前自分で自分のことそこそこ可愛いとか言ってたよな?」
「そ、それは……」
萌香は自分がそこそこ可愛いからいじめられたんだと、確かに言っていた。
「まあ、客観的な事実だから別にいいけど。むしろ俺は、萌香が自分で自分のことをそう言っていてどこか清々しかったな。自分のことを可愛いと自覚しているのに、それをやけに謙遜する女の方が俺は嫌いだし」
「……そういう女は私も嫌いです」
「だろ? だから俺は、萌香の良い意味で謙遜しないところとか結構好きだぞ」
「……それはよかったです」
萌香はまんざらでもないような顔をしていた。
「それで、萌香の好きな男のタイプは?」
すかさず尋ねてやった。
「そうですね……」
萌香はしばらく悩んだ末、答える。
「誠実な人がタイプです」
「具体的には?」
「具体的には……例えば、友達が少ない人とか」
「……いや俺じゃん」
「圭太くんの場合、『少ない』ではなく『いない』ですよね?」
「たしかに大学ではそうだけど、地元には一応それなりにいるから。ていうか、誠実さと友達が少ないことになんの関係があるんだよ」
基本的に友達が少ない状態に陥る人というのは、なにかしら対人能力に欠陥を抱えていることが多いような気がする。例えば俺のように、そもそも人と関わることを最初から避けて通ろうとするとか。
誠実な人であれば、少なくとも俺のように人と関わることをあえて避けようとはしないはずだ。なので萌香の言っていることは腑に落ちなかった。
萌香は少し間を置いてから口を開ける。
「誠実な人って、真面目で思いやりがあるからこそ、他人を傷つけることを怖がりがちだと思うんですよ。なので人と関わったとしても、あまり深くまでは踏み込まないようにしようとするんです。そうすると結果的に、誠実な人は友達と言えるような人が少なくなる傾向があるように思うんです」
「なるほどなぁ……。でもさ、誠実かつ社交的で友達が多い人だって世の中にはいるんじゃないか? だったらそっちの方が完璧な気がするけど」
すると萌香はなんとか言葉を絞り出すようにして続ける。
「た、たしかにそういう人もいるかもですけど……。なんていうか、私もどちらかと言えば人と深く付き合うのが得意ではないので、同じようなタイプの人を見ていると、どこかもどかしく感じてくるんです。それでこの人をどうにかしてあげたい思うんです」
「つまり萌香は、そのどうにかしてあげたいっていうもどかしい気持ちが、まさしく恋心だと、そう言いたいんだな?」
「そういうことです」
結果的には随分と具体的な回答だった。そしてその口ぶりからして、これは経験則で語っているように思えてならなかった。
「さぞかし素敵な恋をしてきたんだな」
「はい?」
「そんなに具体的に語れるということは、そういう経験があったからなんだろ?」
「そ、それは違います。いやまあ、違うとも言い切れないんですけど……」
「どっちだよ」
「えーっと……」
萌香は言葉を詰まらせていた。
別に俺は萌香のこれまでの恋愛遍歴についてとやかく言うつもりはない。ただ、全く気にならないかと言えばそうでもないわけで、少なくとも変に隠し通されるのが心地よくないのは事実だ。
俺はしばらく萌香の返答を待った。
十数秒くらい経った頃だろうか。萌香の口が開く。
「一つだけ、確かに言えることがあります」
「なんだ?」
萌香は一拍置いてから続ける。
「圭太くんは、もどかし過ぎます」
そう言い放った萌香の顔は赤く火照っていた。
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