第13話 おみくじ

 清水の舞台でしばらくその絶景に浸った後、俺たちは清水寺の境内にある地主神社へと赴いた。


 地主神社は縁結びの神様が祀られていることで名が高く、恋愛成就を祈願する若者からの人気が絶大な神社である。


 もともと地主神社へ行く予定は特になかったのだが、なんとなく地主神社へ向かう人の流れができていたので、それに従って行くことになったというわけだった。


 参拝客は大体カップルか女性グループで、自分達のような付き合っていない男女二人組というのはまずいないだろう。普通に考えれば当たり前だ。


 「てか、寺の中に神社があっていいのかよ」


 列に並んでいた俺はふとそんな疑問を感じた。


 「たしかにそうですね……。でも清水寺からすれば地主神社があることで人も増えますし、お互いウィンウィンなんじゃないですか」

 「そういう問題なのかねぇ」


 このことに関しては甚だ疑問が膨らむばかりだが、結局その答えは出せそうになかった。


 やがて参拝の順番が来たので、今度は神社の作法である二礼二拍手一礼を決め込む。


 相手が縁結びの神様ということで、今後ともいい出会いに恵まれますようにと願ったが、この願いに関しては今横にいる萌香が現れたことですでに叶っているようなものだった。


 「圭太くん! あれやりましょ!」


 参拝を終えたところで萌香がそう言って指を差したのは、地主神社名物の『恋占いの石』だった。


 『恋占いの石』は、十メートルほど離れた位置にある石の間を好きな人を想いながら目を瞑って到達することができればその想いが実るという、いわばパワースポットである。こういうのにめっぽう疎い俺でも、この『恋占いの石』に関してはなんとなく知っていた。


 「でもこれって、好きな人がいないとやっても意味ないんじゃないのか?」

 「細かいことはいいんですよ! とにかく私はやりたいんです!」


 萌香はそう言って俺の腕を掴んで強引に引っ張ってきた。


 「じゃあまずは私から行きますね!」


 そして萌香は目を瞑り、ゆっくりと奥にある石に向かって歩き始めた。


 どうやら萌香は方向感覚が良いようで、ほとんど真っ直ぐに進んでいき、何事もなく奥の石まで辿り着いた。


 「……やったぁ! ほら、圭太くんも頑張ってくださーい!」


 十メートルほど奥にいる萌香は、そう言って俺に手を振ってきた。


 正直俺はまるで乗り気ではなかったが、次を待っている人もいるので悩んでいる間もなくやるしかなかった。


 ……しかし実際に目を瞑って歩き始めると、本当に自分が真っ直ぐ進めているのかすぐにわからなくなった。


 「圭太くん! 右です!」

 「お、おう……」

 「右に回り過ぎです! もうちょっと左!」

 「いやむずいむずい……」


 萌香の声に助けられながら何度か進行方向を修正して、俺はどうにかこうにか奥の石に辿り着くことができた。


 「はぁ……。これ難し過ぎるわ……」

 「周りの人たちも微笑ましそうに圭太くんのこと見てましたよ」

 「うわ最悪……」


 顔の熱が少しばかり上がっていることを感じつつ、俺はまたしても萌香に腕を引っ張られる形でお守りなどを売っている授与所に連れて行かれた。


 「おみくじ引きましょ!」

 「これ、恋占いおみくじじゃん」

 「だからこそですよ!」

 「おもしろそうだしやってみるか」


 俺は仕方ないようなフリを装っておみくじを買ったが、実は結構この恋占いおみくじには興味があった。なにせ日本有数の縁結びの神様として知られる地主神社の恋占いおみくじだ。彼女なし童貞の俺が食いつかないはずがない。


 神様神様神様神様……。


 俺は未だかつてないほど神に祈りを捧げながらくじを引き、息を呑みながらそっとおみくじを開いた……。


 「……小吉か」


 なんとも言えない結果だった。末吉よりはましか。


 「大吉!」


 隣で萌香がそう大きな声を上げた。


 「ついてるな」

 「はい!」


 萌香は心底嬉しそうだった。


 さて、肝心のおみくじの内容は……。


 恋愛:あせって想いを打ち明けてはいけない。誠意を持って接していれば、いつか実るべき時に実る。


 ……ということだった。小吉にしては悪くないのではないだろうか。


 「萌香はなんて書いたあったんだ?」


 ニヤつきながらおみくじに目を通している萌香にそう尋ねてみると、またしても人差し指で口を押さえてきた。


 「今度こそ秘密ですっ」


 今回ばかりは恋占いおみくじなので、これ以上問い詰めるというのも野暮だろう。


 「さいですか。じゃあ結んでおこう」

 「そうですね」


 こうして俺たちは引いたおみくじをおみくじ掛に結んでから、地主神社を後にした。


 それからはとりあえず音羽の滝を初めとした回っておくべき清水寺のスポットを一通り巡り、境内を出てからは産寧坂を歩いた。


 そびえ立つ五重塔に圧倒されながら歩いている途中、いくつかの店にも立ち寄った。そんな中で、俺は萌香にあぶらとり紙で有名な伝統ある美粧品屋で香水を買ってやった。せっかく来たんだから、やっぱりお土産の一つや二つは欲しいものだろう。萌香も大いに喜んでくれたのでお金を出すことに対しては微塵も躊躇わなかった。ちなみに俺は実用性を重視して二人分の歯ブラシを買った。


 なんだかんだしているうちにお昼時をとっくに過ぎてしまっていたので、昼食は産寧坂の近くにある蕎麦屋に入ることにした。


 俺たちは二人とも『鴨せいろ』を注文し、手打ちの蕎麦と、高級なハムのような味わいの鴨に舌をつづんだ。


 「美味しかったですぅ……」

 「始めて鴨食べたけど、意外といけるな」


 蕎麦屋を出た俺たちは、お互い感想を言い合いながら最初に来た道をバス停に向かって歩いていった。


 「これからどうしようか。まだ家に帰るには早いし、どこか行きたいところとかあるか?」


 現在時刻は午後二時過ぎ。まだまだ観光をする時間はある。


 「そうですね……。嵐山に行ってみたいです!」

 「嵐山か、ちょっと待てよ……」


 俺はスマホの地図アプリでここから嵐山までの所要時間を調べた。ここから嵐山まではバスと電車を乗り継いで一時間弱だった。少し遠いが行けない距離ではない。


 「よし、じゃあ嵐山行くか」

 「はい! 行きましょう!」


 こうして俺たちは嵐山に行くことになった。




 JR嵯峨嵐山駅から少し歩くと、もうそこは嵐山の中心地である。


 清水寺ほどではなかったが、嵐山も京都有数の観光地なだけあって人の数はそれなりに多かった。紅葉が見頃の時期ともなれば、おそらくこの数倍もの人が訪れるのだろう。


 俺たちはとりあえず現在地から一番近いところにあった『竹林の小径』と呼ばれる竹林道に向かうことにした。


 竹林の小径に向かって歩いていると、心なしか清水寺よりも周りにカップルが多いような気がした。嵐山のような落ち着いた雰囲気の場所はデートにもってこいなのだろう。


 「カップル多いですね」


 歩道を歩きながら、どうやら萌香も同じことを感じていたようだった。


 「でも納得だな。こんなところに好きな人と来れたら、それはもう最高だろうよ」


 俺が言うと、萌香は少し迷ったように手をもじもじとさせた後、なんと突然、俺の腕に抱きついてきた。


 「ちょっ……なにやってんだ」

 「せ、せっかくですから……私たちもっ……」

 「なにが『私たちも』だよ……!」

 「こ、恋人ごっこです!」

 「はあ……?」


 どういう脈略でそうなるのか、全く理解できなかった。


 なのに萌香の顔を伺ってみると頬がほのかに赤く染まっている。そんなのを見させられると、こっちまで恥ずかしくなってくるじゃないか。


 「……嫌、ですか?」


 萌香は上目遣いでそう尋ねてきた。ここで拒絶するなんて、なかなかできたものではないだろう。


 「ま、まあ……少しくらいなら……」


 結局なんだかんだでそんな無茶な提案を承諾してしまった。ていうか、こんなの誰だって断れるはずがない。


 「じゃあ今からは、恋人とのデートだと思ってくださいねっ」

 「……はいはい。そういうことにしておく」


 俺が頷くと、萌香は笑みをこぼしてより一層体をこちらに寄せてきた。おかげでお互いの体温を直に感じ取ることができる。久々に感じる人の温かさは、他の何にも変え難い心地よさがあった。


 ……かくして、俺たちの擬似嵐山デートが始まったのだった。

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