第12話 願い事
萌香は俺が働いているカラオケ店のバイトの面接を受け、無事に採用が決まった。
そして俺はそんな萌香に対して、採用祝いにどこかへ出かけようと提案してみた。
ちょうどその翌日はなんの予定も入っていなかったし、天気予報も快晴で京都観光をするにはもってこいだったのだ。やはりせっかく京都に住んでいるんだから、それなりに一通り観光するべき場所は観光しておきたい。
そんなわけで、俺は萌香と京都観光をすることになった。
————そして翌日。
俺たちは最初の目的地である清水寺に来ていた。
家から清水寺まではバスを乗り継いで40分ほどなのでそこまで遠くはない。天気も予報通りの快晴である。
最寄りのバス停に着いた俺たちは、まず何より人の多さに驚いた。
片側一車線しかない道路にはバスやら乗用車やらタクシーやらが行き交い、その歩道には人が溢れんばかりに列を成して歩いている。
「やっぱり名の知れた観光地なだけあって人も多いな」
俺はその光景を目の当たりにして思わずそう口走った。
「ですねぇ。それになんとなくですけど、カップルの割合がとても高い気がします。私たちも側から見ればカップルですねっ」
萌香はニヤリと笑みを浮かべながら言ってきた。
「それはそうかもな」
それに関しては認めざるを得なかった。しかしこんな美少女が俺の横を歩いてくれるなんて、あまりに光栄なことだ。
そんな萌香の今日の服装は、先日一緒に買ったあの紺色花柄のワンピースに、俺が薦めた真珠のネックレスを組み合わせたものだ。髪型はハーフアップで、萌香がハーフアップにしているところは初めて見たがとても似合っていた。もしかしたら俺はハーフアップが好きなのかもしれない。ハーフアップは最高だな……。
「早く行きましょ!」
「おう」
こうして俺たちの京都観光が始まった。
清水寺の本堂まではバス停からしばらく坂道を登らなければならない。俺たちは周囲の人の流れに身を任せつつ足を進めていく————。
やがて道の合流地点に差し掛かると、そこから先はいかにも観光地といった感じで道の左右に土産屋が乱立し始めた。同時に行き交う観光客の数も増え、京都を代表する観光地だということを改めて実感させられる。
そこからさらに上へ登って行くと、ついに清水寺の姿が露わになった。仁王門の前では修学旅行に来ている学生たちが次から次へと集合写真を撮っている。
「うわー! なんだか小学校の修学旅行を思い出しますね!」
「だな。ちなみに俺はここで集合写真を撮られるのがすごく嫌だった」
「どうしてですか?」
「だってこんなに人がいっぱいいる中で撮られるのって恥ずかしいだろ。学校の意向に従って思うがままにされている自分が惨めに感じてくるんだよ」
「そんな小学生存在するんですか……」
「ほら、左端にいる子を見てみろ」
俺はそう言い、さすがに指を指すのはどうかと思ったので、視線だけその左端の少年に向けた。
「あの子は完全にそういうタイプだな。表情からして明らかに嫌がっている」
少年はメガネを掛けたいかにも真面目そうな見た目の子で、カメラに視線を合わすまいとそっぽを向いていた。
「言われてみれば、たしかに嫌がっているようにも見えますけど……」
すると一眼レフカメラの接眼レンズに目を当てていたカメラマンが、突然接眼レンズから目を外してその少年の方を見た。
「左端のぼくー。そうそう君。カメラの方見てねー」
カメラマンはそう注意してから再び接眼レンズに目を当てた。
注意された少年はというと、思わず顔を赤く染まらせていた。
俺はそんな光景を目の当たりにして、思わず背筋を凍らせる。
「あちゃー……。わかるぞ少年、その気持ち……!」
陰ながらに少年に対してエールを送る俺であった。
「ふふっ。なんだか可愛らしいですね。昔の圭太くんもあんな感じだったのでしょうか」
萌香は手で口元を押さえながら微笑んだ。
「さあな」
不覚にも自分と少年を重ねられ、なんだか気恥ずかしくなってきたので俺さっさと先に進むことにした。
それから俺たちは石段を登り、入場券を買ってから、ついに清水寺へ足を踏み入れた。
「そういえば二礼二拍手一礼って、お寺ではしちゃいけないんだっけ?」
お参りの列に並んでいる最中、ふとそんな疑問が頭に浮かんできた。
「そうですね。二礼二拍手一礼はお寺ではなく神社です。お寺では胸の前で合掌をして、お願い事をした後に一礼をするのが基本です」
「なるほど。危うく無礼を働くところだった」
さすがは実家のお家柄がいいだけある。最低限の作法は弁えているらしい。
やがて順番が回ってくると、俺たちはお賽銭を入れてから作法に従ってお参りをした。
かれこれ十秒ほど手を合わせ、俺たちはいわゆる清水の舞台と呼ばれる場所へ移動する。
「綺麗ですねぇ……」
「あぁ……」
目下に広がる京都の街並みを前にして、あまりの壮大さに思わず息を呑んでしまった。
そうしてしばらく絶景に浸っていると、萌香の方から口を開く。
「圭太くんは、さっきどんなことをお願いしたんですか?」
萌香はそんなこと尋ねてきた。
「健康とか学業とか諸々だな。ちょっと欲張り過ぎたような気もする」
「そういうのは欲張りくらいがちょうどいいんですよ。相手は神様ですから」
「ちなみに萌香はどんなことを願ったんだ?」
「私ですか? 私は……」
萌香は数秒ほど口をつぐんだ。
「……秘密ですっ」
上目遣いをしながら人差し指で口を押さえるその仕草は俺の心を揺さぶった。
「……まあ、そう言うと思ったよ」
すると萌香は何かを思い出したような顔をした。
「あっ、でも……願い事って口に出さないと叶わないっていうのをどこかで聞いたことがあります。つまり、誰かと願いを共有することによって願いのエネルギーが大きくなるとかなんとか……」
萌香はしばらく悩んだ末に、なにかを決心したような顔をした。
「やっぱり圭太くんと共有しておきたい願い事は、ちゃんと共有しておこうと思います」
「そうか、なら聞こう」
萌香は一拍置いてから、しっかりと俺の目を見ながら言う。
「私は……これからも圭太くんと毎日を平穏に過ごせますようにと、願いました」
その言葉を聞いて、俺の顔は自然と綻んだ。
「そうか。それは良い願い事だな」
そんなことは言うまでもない。
……だって、俺も同じことを願ったのだから。
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