誰が彼でも
おくとりょう
また寒い朝
僕は身体の部位がふいに落ちる。頭も手も足も。人形のように。もしくはだるま落としのダルマみたいに。
ただ、いつでも落ちるってわけじゃなく、悲しいときや笑ったときにポロッと落ちる。一番よく取れるのはムカついたとき。以前、「なんでだよ!」って怒って立ち上がったら、その拍子にコロンと取れて、友だちに笑われたことがある。頭部ともに怒りもコロンと落ちたみたいに一緒に消えた。消えたのだけど。
「……ハァ」
思い出すだけでため息が出る。
僕は身体の一部が落ちるのがイヤだ。ウチの家族もみんなそうで、世間には他にもそういう人がいるのだけれど。どうして僕らだけがそうなのか分からない。……人種がどうとかそういうことではなくて。
「おはよう」
聞き覚えのある声に振り向くと、近所のおじいさんがゴミ拾いをしていた。
「おはようございます」
手には火ばさみとゴミ袋をふたつ抱えていた。透明無地の袋より透けない黒の方が大きく膨れている。
「……すみません」
お礼じゃなくて、謝罪の言葉がついこぼれ出た。
黒い袋の中身は、きっと誰かから落ちた身体の一部だ。この辺も人が増えたからか、道端に落ちたままになっているのを最近よく見かける。
「ははは。誰かが拾わないと、カラスやネコが遊んでぐちゃぐちゃにしちゃうからね。ああなっちゃうと、もっと掃除が大変だから」
軽く笑う彼の手元で袋の中身がゴロンと揺れた。
「すみません。僕も落としたら、ちゃんと拾うように気をつけます」
申し訳なくなって、肩をすくめる。心配そうな目をした彼に、お礼を言って僕は立ち去った。一緒にゴミ拾いをすべきな気もしたけど。今日は平日で学校があるから。
「いってらっしゃい。最近は治安が悪いから気をつけて」
おじいさんに会釈を返す。ホッとしたのが後ろめたかった。
朝の電車。いつものように寿司詰めで、スマホに夢中な隣の人の腕が刺さって、背中もお腹も痛かった。
僕もスマホを見ようかちょっと迷った。だけど、もたれかかってくるおじさんがマンガに夢中なのを見て我慢した。学校の最寄り駅まであと10分。
キラッと目に飛び込んでくる朝の日差し。うっすら曇ったガラスの向こう、つゆをぬぐうと空は青い。ほんのり白い道路の上を淡々と走る車とバイク。狭くて苦しい電車の中か、寒くて遠い徒歩移動。どちらがいいかを考えながら、ぼんやり外を眺めていると、荒い息が耳にかかった。
ほんのり酸っぱく生臭い息。歯を磨き忘れたのかと、横目で見る。変なおじさんかと思ったら、大学生くらいの大人しそうなお兄さん。ただ、視線がゆらゆらしてた。
ヤバい人か分からなくて、こっそり観察していると、彼の首がポロッと落ちた。僕と同じだったらしい。
とれた首は人の隙間をコロコロ抜けて、側の座席でスマホを見ていたお姉さんの膝にスポッと落ちた。みんなの視線が集まって、妙な沈黙が車内に満ちる。小さく舌打ちするお姉さん。窓を開けて、ボールみたいに投げ捨てた。ガシャンと閉まる窓の音。
僕は後ろのお兄さんの方を見れなかった。顔がないから、表情はもう分からないけど。
お姉さんは澄ました顔で座席に座ってスマホを見てた。
誰が彼でも おくとりょう @n8osoeuta
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