第45話:東魔境
2年目の春
「村長、好い場所があった、邪魔になりそうな魔獣は一掃しておいたぞ」
エンシェントドワーフのヴァルタルが不敵な笑みを浮かべて言う。
「避難場所にする魔境に残っていた、妖精とは話をつけてきました」
シェイマシーナ、笑顔がちょっとだけ邪悪に見えるのだが、相手は同じ妖精族だよな、無条件でおそって来る魔獣以外は死傷させないように言ったよな?
「避難場所の魔境を預かる中級神には話をつけて来た。
吾より格下だから、報酬に渡す酒は20分の1にするように」
魔境神、自分より格下の神だからと言って、むごい条件を突きつけない。
まあ、俺が言える事ではないが、20分の1ならぼろもうけだな!
「安全なのが分かったのなら、俺が行っても良いな?」
「うむ、もうだいじょうぶだ」
「安心してください、私もついて行きます」
「吾も一緒だ、安心しろ」
大魔境の村はエンシェントトレントに任せて、避難場所にする魔境に行った。
大魔境からの方角を考えて、東魔境と呼ぶ事にした。
固有の名前があったらその名前を使うのだが、人間は単に魔境と呼んでいた。
なので自分たちが分かりやすい名前を使う事にした。
魔境神と妖精族の転移魔術のお陰で、村人全員が一瞬で東魔境に移動できた。
大魔境でもエンシェントトレントが縄張りにしていない場所と同じだった。
人間だと生きて行くのが難しそうな、南米の密林みたいな場所だった。
そんな場所だからこそ、最初にする事は決まっている。
エンシェントトレントからたくさんの種をもらっているのだ。
「大地よ、俺を助けてくれる巨樹が必要とする豊かな地となれ!」
俺が命じると、一瞬で見渡す限りの耕作地となった。
あれほど生い茂っていた密林が、一瞬でなくなるなんて!
我ながら非常識極まりないギフトだ。
聖女ジャンヌや金猿獣人族たちがあきれ顔なのはしかたがない。
妖精族とエンシェントドワーフが半笑いなのもあきらめよう。
だが、大魔境の神がため息をつくのだけは止めてくれ!
「大地よ、人間や金猿獣人族が安全に暮らせる地下街を奥深くに造れ。
大地よ、地上から200メートルの場所に強固な地下街を造れ。
大地よ、地下街の左右には住居と醸造所、蒸留所と保管庫を造れ」
まず1番の目的である避難場所を造った。
何があっても安心できる避難場所を手に入れるのが最優先だ。
そのために東魔境に来たのだから、誰が何と言っても酒造りは後回し。
10万人は軽くよゆうで暮らせる地下街が完成した。
自分でやっているのに信じられない、とてつもない早さで完成した。
もう笑ってしまうしかない規格外のギフトだ。
「エンシェントトレントの種よ、父母と同じ大きさに育て。
大地よ、俺を助けてくれる巨樹が必要とする豊かな地となれ!」
今回は一瞬と言う訳にはいかなかった。
それでも、信じられない早さでエンシェントトレント、巨樹が育つ。
「大地よ、俺を助けてくれる巨樹が必要とする豊かな地となれ!
巨樹よ、最初から樹皮と根でドーナツハウスを造れ。
大地よ、俺を助けてくれる巨樹が必要とする豊かな地となれ!」
巨樹の樹皮と根が自分の幹に重なる、いくつも重なってドーナツハウスを造る
巨樹に命じる前と後に、大地を豊かにしなければいけない。
それくらい巨樹、エンシェントトレントを成長させるには魔力と栄養がいる。
「大地よ、俺を助けてくれる巨樹が必要とする豊かな地となれ!
巨樹よ、ドーナツハウスの外壁は中級神の攻撃をはねのけられるくらいにしろ。
大地よ、俺を助けてくれる巨樹が必要とする豊かな地となれ!」
俺の命令に無理があるのだろう、巨樹が必要とする栄養の量がとても多い。
ドーナツハウスを造る樹皮と根の厚みが、大魔境の巨樹の10倍はある!
大魔境にいる父母巨樹よりも二回りも三回りも幹が太くなる。
「大地よ、俺を助けてくれる巨樹が必要とする豊かな地となれ!
巨樹よ、ドーナツハウスの中は、金猿獣人族が跳びはねられる広さにしろ。
大地よ、俺を助けてくれる巨樹が必要とする豊かな地となれ!」
巨所の厚みが更に増した!
俺の思う通りにできているなら、ドーナツハウスの中にも枝葉が生えている。
金猿獣人族は、ドーナツハウスの中でも猿が森の中を跳びはねるように暮らせる。
俺の理想通りの巨樹に育てるため、何度も命令を繰り返した。
その度に大地を豊かにしたが、俺の魔力が無くなる事はなかった。
それを見ていた大魔境の神が、表情をなくしていたのには胸が痛んだ。
「魔境神様、いえ、今日からは大魔境神様と呼ばせていただきます。
東魔境を管理されている中級神様と区別しなければいけません。
さあ、村長のギフトが規格外なのは最初から分かっていた事です。
そんな事に心を折られるよりも、ワインの方が大切でしょう?
さっさと酒カメを出してください、果物を収穫して発酵させますよ」
放心していた大魔境神を侍女妖精のシェイマシーナが責める。
また転職したシェイマシーナは、俺に付き従って御世話してくれるそうだ。
とてもうれしいが、同時にちょっと怖くもある。
「そうか、そうだな、イチロウは来訪神様に選ばれているんだから当然だな。
よし、気持ちを入れ替えてワイン造りに集中するぞ。
このために数えきれないほどの酒カメを造り蓄えていたのだ。
その全てにワインを満たさずにはおかない!
いいか、お前たち、倒れるまで果実を集めるぞ!」
「「「「「おう!」」」」」
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