第44話:株分け

2年目の春


 村人全員にだけでなく、手伝いに来ていた全員から非常識と言われてしまった。

 以前なら宇迦之御魂神様が悪いと考えたかもしれない。

 だが今は、すなおに感謝してお礼の祈りをささげた。


 このすばらしいギフトをいただいたから、この世界で幸せに暮らせている。

 聖女ジャンヌと金猿獣人族を助けられた。

 妖精族やエンシェントドワーフ族とも仲良くなれた。


 巨大蚕やマーダビーが村に加わってくれた。

 家畜たちに美味しい食事を与えられる。

 俺を乗犬させてくれるキンモウコウたちと楽しく遊べている。


「村長、エンシェントトレントが地下茎を伸ばして欲しいそうです。

 私には何を言っているか分かりませんが、村長なら分かると言っています」


 通訳のマーダビーを横にしたシェイマシーナが話しかけてきた。

 エンシェントトレントの望みを伝えに来たようだ。

 地下茎だったのか、エンシェントトレントは地下茎で増えるのか。


 もの凄く強力な根だと思っていたが、地下茎だったのか。

 ……もしかして、つながっていると思っていた根が全部地下茎?

 俺を助けてくれていたエンシェントトレントは、元々1人?!


「分かった、どれだけやれるか分からないが、試してみる。

 魔境神様、エンシェントトレントが集まっている端に案内してください。

 そこから先に、新しいエンシェントトレントを生み出せるか試します」


「なに、エンシェントトレントを生み出すだと?!

 下級神にも等しい力を持つエンシェントトレントだぞ?!」


「実際にやれるかどうかは、やってみなければ分かりません。

 ですが、エンシェントトレントは俺ならやれると言っているそうです。

 だったら試してみるしかありません」


「分かった、転移魔術で連れて行ってやる」


 魔境神様がそう言ったとたん、目の前の景色が変わった。

 村、エンシェントトレントの縄張りと違って、南米の密林みたいだった。

 陽も差し込まず、湿度も高く、人間が住むのには適さない地のようだ。


「大地よ、俺を助けてくれる巨樹が必要とする豊かな地となれ!」


 俺が命じたとたん、密林が一瞬で耕作地のようになった。

 木々がなくなり、やわらかく豊かな土が広がる。

 20本ほどの巨樹が、十分な間隔を空けて生える事ができる農地になった。


「巨樹よ、地下茎を伸ばして新たなエンシェントトレントを生み出せ!

 大地よ、俺を助けてくれる巨樹が必要とする豊かな地となれ!」


 今度は地下茎が伸びたのだろう、想像していた場所から巨樹が生えた。

 これまで助けてくれていた巨樹と同じ大きさまで成長していく。

 不意に巨樹に必要な栄養が足らないイメージが浮かんだ。


「大地よ、俺を助けてくれる巨樹が必要とする豊かな地となれ!」


 命じたとたん、悪いイメージがなくなった。


「大地よ、俺を助けてくれる巨樹が必要とする豊かな地となれ!」


 野菜を育てていて、栄養切れで先が成長しなくなった経験がある。

 巨樹がそんな事にならないように、何度も大地を豊かにした。

 俺はうれしくその光景を見ていたのだが……


「信じられん、あまりにも非常識過ぎる。

 エンシェントトレントだぞ、下級神と互角に戦える存在だぞ。

 ここにいるエンシェントトレントなら、下級神すら滅ぼせるのだぞ!

 そんな存在を、ひと言で生み育てられるだと?!」


 魔境神がブツブツと文句を言う。

 そんな事を言われても俺には答えようがない。

 宇迦之御魂神様からいただいたギフトを使わせていただいているだけだ。


「村長が非常識なのは分かっていたが、いくらなんでもこれはひどすぎる。

 エンシェントトレントを一瞬で生み育てるなんて、誰にもできないぞ。

 魔境神様、上級神様なら同じ事ができるのですか?」


 ヴァルタルが珍しく敬語を使っている。

 エンシェントドワーフでも魔境神には敬意をはらうのだな。


「……腹の立つ質問だが、イチロウの非常識を教えるために答えてやる。

 少なくとも、中級神でも上位にいる吾にはできん。

 上級神でもかなり上位にいる方でないと、エンシェントトレントをこんな一瞬に生み育てる事などできん」


「やはりそうですか」


「何がやはりそうですかだ、ぜんぜん何も分かっておらんぞ!

 上位の上級神が一瞬で生み育てられるエンシェントトレントは1人だけだ。

 20人も1度に生み育てられる方など、上級神にも1人もおられん!」


 ききたくない、ききたくない、何も聞きたくない。

 宇迦之御魂神様には心から感謝しているが、聞きたくない事はある。

 

「やはり村長は凄い、上級神を超えるギフトを持っている。

 良く言えば自由、悪くいえば身勝手な妖精族が村長の言う事だけは聞く。

 村長には妖精族を束ねる方になって頂く」


「むり、むり、むり、絶対に無理。

 多くの人の命を預かるような責任など絶対に受けない。

 俺はこう見えて責任感が強いんだ。

 守ると決めた人間の数だけストレスが増えるんだ。

 今いる村人以外の命を背負う気はない、分かったな!」


 これまで妖精族に厳しい事は言わなかった。

 自由を愛する種族だと思っていたからだ。

 それでも、村のために働いてくれている妖精族には責任を感じていた。


 この世界に住む、全ての妖精族に責任を持つなんて絶対に嫌だ!

 だんこ拒否する、絶対に引き受けない!


「そこまで責任を感じなくてだいじょうぶです。

 元々妖精族は自由勝手に生きているのです。

 村に住んでいると言っても、気に食わない事があったら直ぐに出て行きます。

 村長は私の言う事など気にせず、これまで通りにしていてください」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る