第20話:狼よりも犬が好い

 転生1年目の夏


 巨樹は根を地上に伸ばして俺の盾としてくれた。

 枝をムチにしてキンモウコウを捕らえてくれた。 

 捕らえたキンモウコウを並べて大人しくさせてくれた。


 キンモウコウたちは、果物や野菜もよろこんで食べる雑食だった。

 妖精たちが運んできてくれた、果物と野菜を美味しそうに食べてくれた。

 俺の知るイヌと同じで助かった。


 エンシェントトレントに捕らえられて完全に屈服したのか?

 俺が手渡しで食べさせてあげたのが良かったのか?

 長年一緒に暮らしたパートナーのように、心が通じるようになった。


 キンモウコウたちが何を求めているのか分かった。

 俺が何をして欲しいのか分かってくれた。


 懐いて甘えてくれるキンモウコウたちはとても可愛い。

 全長10メートルもある巨体も、その気になれば小さくなれる。

 今は柴犬の子供くらいになって、100頭近くが甘えてくれている。


 その外側には、序列の低いキンモウコウたちが順番待ちをしてくれている。

 あまりにも可愛くて、時間を忘れて可愛がっていたが、酒造りの時間が減るのが腹立たしいのだろう、徐々に妖精たち表情が険しくなる。


「よし、よし、よし、お家に行こうな」


「「「「「きゅう~ん、きゅう~ん、きゅう~ん」」」」」


 キンモウコウたちはとても賢い。

 的確に俺の弱点を突いてくる。

 大型犬と遊ぶのも好きだが、小型犬の方がナデナデしやすいのを知っている!


 俺はこれまで暮らしていた太郎樹のドーナツハウスから引っ越した。

 太郎樹のドーナツハウスには金猿獣人族とジャンヌがいる。

 彼らがキンモウコウたちを怖がったらいけない。


 いや、言葉を飾るのは止めよう、犬猿の仲を恐れたのだ。

 転生前の知識に、イヌとサルはもの凄く仲が悪いという童話があった。

 

 キンモウコウたちの話でも、ここにやってきたのは、大嫌いな猿魔獣が集まっていたからだと言う。


 金猿獣人族とキンモウコウたちが争う姿を見たくない。

 どちらかが傷つくような事は避けたい。

 そう思って離れた巨樹に住む所を移したのだが……


「ワンワン、可愛いねぁ」

「ワンワン、美味しい?」

「ワンワン、モモ食べる、モモワイン飲む?」

「ワンワン、キウイの方が美味しいよ、キウイワイン飲む?」


 金猿獣人族と猿魔獣は全く違うようだ。

 幼い子たちは、子犬姿になったキンモウコウたちをナデナデしている。

 元の大きさになったキンモウコウたちに乗って駆けまわっている。


 キンモウコウたちが、魔獣を退治してくれるようになった。

 妖精族が米や麦を取り入れる時に同行して、魔獣が近づかないようにしてくれる。

 それでも近づいてくる魔獣は、容赦なく狩ってくれる。


 だが、ネズミ型やウサギ型の魔獣はもちろん、キツネ型やタヌキ型の魔獣も、ちょっと食べる気になれない。


 ジャンヌやヴァルタルに言わせれば、それなりに美味しいらしい。

 美味しいだけでなく、大魔境産に魔獣は幻の超高級食材として売買されており、人間の国では殺し合いが起こるくらい貴重品らしい。


 だから俺が食べない魔獣は人間の国で売ってもらった。

 妖精たちがカメなど買いに行くついでに売ってもらった。

 とんでもない額で売れたと言っていたが、金よりも美味しいものが大切だ。


 美味しい物と言っても、人間の国で育てられた牛馬も豚羊も必要ない。

 キンモウコウたちが猪魔獣や牛魔獣などを狩ってくれるからだ。

 大魔境の魔獣を食べたら、人間の国で育てられている肉は食べられない。


 キンモウコウたちはとても役に立ってくれている。

 転生前の人生では、高所恐怖症で乗馬を諦めた。


 だが、キンモウコウが背中に乗せると伝えてくれた。

 ちょうど良い大きさになっているキンモウコウたちで試してみた。


 もの凄く楽しかった、我を忘れて人犬一体となって駆けまわった。

 騎乗には、乗る者と乗られる者のキズナが大切なのだと思った。

 

 俺が乗馬クラブで乗っていた馬は、俺の事を馬鹿にしていた。

 高所恐怖症で初心者の俺を見下していた。

 今でも忘れない、馬の意地悪なチラ見。


 顔の横に目がついている馬は、背中に乗せている人間を見られる。

『暴れてやろうか!』と脅かすような目で見て来る。

 俺が身体を固くすると、命令していないのに駆け足をしやがる!


 初心者がいきなりの駆け足について行けるはずがない。

 落馬しそうになって、半泣きで手綱を引き鞍にしがみつく。

 そんな俺の姿を馬鹿にした目で見るのが、性格の悪い意地悪な馬だ!


 だが、キンモウコウたちはそんな意地悪をしない。

 俺が怖がらないように、とても優しく歩いてくれる。


「イチロウ、お酒の時間だよ、妖精たちが待っているよ」


 幼い金猿獣人族の子供たちが、仲良くなったキンモウコウたちに乗って知らせに来てくれた。


 太郎樹がある中心部から遠く離れるのは危険だが、20頭以上のキンモウコウたちが護衛してくれているから大丈夫だろう。


「もう原料を酒樽に運び終わったのかい?」


 妖精たちは、穀物畑で刈り取った米や麦をていねいに脱穀選別してくれる。

 美味しい酒にできるようにしてから酒樽に入れてくれる。

 加える水の量も、最適な量を調べようと色々試してくれている。


「違うよ、まだ運び続けているよ。

 でも、運んでも直ぐに発酵しないから怒っている」


 ちょっと遊びが過ぎた。

 妖精たちは自分の仕事にプライドを持っている。


 これまでは家事や農作業にプライドを持っていたが、今では酒造りに1番プライドを感じているようだ。


「分かった、ここからやれるか試してみる」


 俺は1番近くにある巨木に近づいた。

 まだ1度も命令を与えた事のない巨木だ。

 この人がエンシェントトレントなのかは知らないが、試してみる。


「大地よ、俺を助けてくれる全ての巨樹が必要とする豊かな地となれ!

 俺を助けてくれる全ての巨樹よ、最高に美味しい酒になるように発酵させてくれ」

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