第19話:エンシェントトレントの暴走

 転生1年目の夏


 俺はエンシェントドワーフのヴァルタルと一緒に、猿の魔獣が襲って来たと言う場所に向かった。


 俺など足手まといでしかないが、大切な巨樹が襲われていると聞いては、陰に隠れて震えている訳にはいかない。


 ヴァルタルはもの凄く怒っていた。

 側にいるのが怖いくらい怒っていた。

 酒の材料を猿魔獣に奪われるのが許せないのだろう。


 だが、俺の心配など必要なかった。

 巨樹を大切に思うのは俺だけではなかった。

 ジャンヌたちはもちろん、妖精たちも一生懸命戦ってくれていた。


 予想外に強かったのは、巨大な蚕たちだった。

 自分の縄張りを守る為なのだろが、糸を吐いて猿魔獣をからめとっていた。


 だが誰よりも強かったのは、エンシェントトレントだった!

 誰に頼る事なく、自分の実を自分で守っていた。


 枝をムチのように振るって猿魔獣を叩きのめしていた。

 槍のようになった枝は楽々と猿魔獣を貫いて殺していた。

 刺し貫かれた猿魔獣が瞬時に干乾びる姿は少々引いてしまった。


「これは驚いた、人間や魔獣どころか、同じトレント族の争いにも加わらなかったエンシェントトレントが、自ら動いたのか?!」


 ヴァルタルがもの凄く驚いている。

 それくらいエンシェントトレントが動くのは珍しいのだろう。


 どのような理由で動いてくれたのかは分からない。

 だが、俺たちを助けてくれたのは間違いない。

 お礼をしたいが、俺にできるお礼など限られている。


「大地よ、巨木が必要とする豊かな地となれ!」


 俺たちが利用させてもらっている巨樹が、必要な栄養を取れるようにした。

 空気からも地下からも栄養が集まるようにした。

 ヴァルタルが言っていた、魔力や命力も集まるように願った。


 ただ、転生前の知識には肥料焼けという言葉があった。

 農地の栄養価が高すぎると作物の害になる。

 だから濃くも薄くもない、最適な土地の豊かさを願った。


 巨樹たち、いや、エンシェントトレントたちが槍のようになった枝から振り落とした猿魔獣が、チリとなって土にかえった。

 あまり見たくないミイラ姿だったので、土にかえってくれてよかった。

 

「なによ、これ、どうすればこんな事ができるの?!」

「イチロウのためにエンシェントトレントが動いたのですか?!」

「まさか、エンシェントトレントまでイチロウの酒を求めているのか?!」


 サ・リ、ジャンヌ、ヴァルタルが驚きの声をあげてる。

 そうなのか、エンシェントトレントも俺の酒のファンなのか?


 だが、酒樽で発酵させている酒はちゃんとできているぞ?

 減っているのは天使の取り分と呼ばれる程度の気化量だ。

 天使の取り分だと思っていたが、エンシェントトレントが飲んでいるのか?


 まあ、いい、少し減るくらいなら何の問題も無い。

 それにエンシェントトレントが助けてくれた理由は、酒ではなく土だろう。

 俺が土を豊かにしているから助けてくれたのだろう。


「「「「「ウォオオオオン」」」」」


 猿魔獣に続いて狼魔獣が襲って来たようだ。


「オオカミか、殺すのはかわいそうだが、肉食だと仕方が無いか……」


「いや、この声はオオカミ系の魔獣ではない。

 恐らくだが、イヌ系のキンモウコウだろう」


 ヴァルタルは大魔境の魔獣を良く知っているようだ。

 だが、俺の知っているオオカミとイヌの違いが、ヴァルタルと一緒とは限らない。

 俺の知る常識とあっているか確認しておこう。


「念のために聞くが、オオカミが完全な肉食で、イヌが雑食なんだよな?」


「いや、儂もそこまで詳しい訳ではない。

 昔からオオカミと言われている魔獣とイヌと言われている魔獣がいるだけだ」


「雑食の犬なら、俺の作った果物を与えたら言う事を聞いてくれるかな?」


「さあ、それは分からん。

 だが、酒を与えたらどんな魔獣でも言う事を聞くと思うぞ」


「だったら猿魔獣に酒を与えれば良かったか?

 果物を収穫する手伝いをしてくれたかもしれない」


「やめてください、猿魔獣を手なずけるくらいなら、もっと妖精族に手伝わせてください、ここの酒を飲みたい妖精族はとても多いのです!」


 猿魔獣を追い払うために集まってくれていた妖精族に言われてしまった。


「そうか、まだ一面の作物を収穫しきれない状態だ。

 米や麦の収穫を手伝ってくれる妖精なら、もっと増やしてもいいぞ。

 後は、酒樽からカメに酒を移し替える手伝いをしてくれる妖精でもいい」


「分かりました、直ぐに集めます」


「頼む、それとイヌ系の魔獣を手なずけてみたい。

 ひと通りの果物と醸造酒を持って来てくれ。

 キンモウコウが醸造酒を飲み易くなる入れ物も頼む」


「分かりました、直ぐに持ってきます」


「イチロウ、儂ももう少しエンシェントドワーフを集めたい。

 蒸留酒造りと研究にもっと人数が欲しい」


「構わないぞ、ヴァルタルが必要だと思う人数を集めてくれ。

 だが、ここの酒を飲みつくす数は止めてくれ」


「分かっている、儂が飲む酒が減るような人数が連れてこない」


 俺は妖精やヴァルタルと話ながら、キンモウコウが飲み食いできるように、果物と酒を入れた器を並べた。


 何も命じていない妖精たちも手伝ってくれる。

 妖精たちも、イヌ型なら魔獣でも可愛く思うのだろうか?


 キンモウコウたちが刈り入れできていない米や麦を倒しながら迫って来る。

 全長が10メートルはある、巨体のキンモウコウが100頭くらいいる。

 いや、陰に隠れているのもいるだろう、総数は300頭くらいか?


 その勢いは、ばん馬の軍団が迫ってくるのと変わらない。

 米や麦を貪っていた鳥魔獣が一斉に羽ばたき逃げる。

 同じように米や麦を貪っていたネズミ型やイノシシ型の魔獣が逃げ惑う。


 俺も逃げた方が良いだろうか?

 ここまで来て逃げるのは憶病丸出しだが、命には代えられない。

 それとも、ギフトで何とかなるか?


「俺を守る鉄壁の壁を作れ」

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