第16話:熟成と蒸留

 転生1年目の夏


「酒は熟成させた方が美味しい物もある。

 火入れをして発酵を止めた酒を、カメに入れて密封すると腐らず熟成する。

 酢になってしまう事も無く、とてもまろやかで美味しい酒になる」


「いや、熟成させなくても十分美味しいよ」

「そうですわ、イチロウが造るお酒なら直ぐに飲みたいですわ」

「そうだな、儂も腐る危険を冒してまで置いておく必要はないと思う」


「私たち精霊も腐らすのはもったいないと思います。

 ビネガーは料理に必要ですが、何もイチロウのお酒をビネガーにしなくても、人間の国に行けばいくらでも手に入ります」


 俺以外の全員が、酒を長期間保存する事に反対だった。

 この世界には酵母などの菌に対する知識がないようだ。

 けっこうな確率で酒を腐らせたり酢にしてしまったりするらしい。


「俺を信じろ、これまで1度でもお前たちにまずい酒を飲ませた事があるか?

 それに、毎日飲みきれない量の新酒が完成している。

 残った分をカメに入れて保存しても何の問題もないだろう?」


「それはそうだけど……」

「そう言われると言い返せなくなりますが……」


 サ・リとジャンヌはもう文句は言わないだろう。


「イチロウの言う通りなのだが、余るくらいならそれを代価に人を雇おう。

 妖精たちを増やしてもいいし、口の堅いエンシェントドワーフを呼んでもいい」


「そうですね、妖精を増やすのは好いかもしれません。

 ここで働きたいと言っている妖精はまだたくさんいます。

 先が見えないほど遠くまで実った米や麦を収穫する妖精は、いくらいても良い」


 みんなが余りにも楽観的なのでウソをついて脅かす事にした。

 石長姫から不老長寿のギフトは頂いているが、不老不死ではない。

 殺されたら死んでしまうのだから、最悪の事は考えておくべきだ。


「いや、それでは後々問題が起きる。

 俺は神様からギフトをいただいただけの普通の人間だ。

 寿命は長くても80年だろう。

 80年後の事を考えてみろ、酒が造れなくなるのだぞ?」


「いやぁあああああ!」

「ダメよ、絶対に駄目、絶対に死なさないわ!」

「死なさん、エンシェントドワーフの全力を尽くして死なせはせん!」

「妖精の秘術を使ってでも生き続けていただきます」


 そんなに酒が好きなのか?

 かなり狂気を感じてしまうぞ、だいじょうぶか?!


「俺も死にたくはないから、十分気をつけるが、全ては神様が決められる事だ。

 人間の寿命を考えて人手を増やしてくれ。

 俺の知るギフトを使わない酒造りを教えるから、覚えてくれ」


「私からは言う事はないわ、獣人の寿命も人間と変わらないから」

「わたくしも同じ人間ですから、特に言う事はありません」

 

 サ・リとジャンヌは俺の常識と変わらない寿命なのだな。

 問題は、その気になれば永遠に生きられると言っていたエンシェントドワーフのヴァルタルと、寿命の分からない妖精たちだな。


「イチロウ、この世界にはレベルや格というモノが存在するが、知っているか?」


 ヴァルタルが酒の話をする時のような真剣な表情で話しだした。


「いや知らない、以前話したように、俺は来訪神様に連れてこられた」


「そうか、だったら覚えておけ。

 神々が与える試練、クエストを達成するとレベルが上がる。

 レベルが上がると体力、魔力、命力が高くなり、寿命が少し延びるのだ」


「ヴァルタルは俺にクエストを達成しろと言うのか?」


「迷っている、神々のクエストは難しい。

 挑戦してあっけなく死んでしまうかもしれない。

 普通の人間に過ぎないイチロウだと、簡単に死んでしまう可能性が高い」


「イチロウにそんな危険な事はさせられません!

 それよりは、妖精族の総力を集めて延命薬を作ります!

 材料集めは大変ですが、少なくとも草木はイチロウが作れますよね?」


「ああ、俺なら草木に限れば何でも作れると思う。

 それに、早死にしたい訳でもない。

 永遠に生きられるのなら生きたい。

 今から必要な薬草を全部作る」


「薬作りが上手い妖精を集めます。

 イチロウのお酒が飲めるなら、世界中の妖精が集まります」


「そうか、ありがとう。

 だが、万が一の事も今から考えておいた方が良いと言っただろう。

 永遠に腐らない、いつまでも残せる酒を造っておく。

 そうすれば、俺が死んだ後も酒が残るだろう?」


「え、何を言っているの、お酒は必ず腐るかビネガーになるわ!」

「そうですわ、どれほど上手く造ったワインでも、20年はもちません!」


 最初の話に戻ってしまった。

 サ・リとジャンヌの話が人間の国の常識なのだろう。


「寿命のないエンシェントドワーフでも、酒は100年もたせるのが限界だ。

 酒造りの名人と言われたエンシェントドワーフが造ったワインでも、101年目に酢になったと聞いてる」


「世界中に散らばる妖精族でも、永遠に保存できる酒など聞いた事がありません。

 ヴァルタルの話す101年が1番長く保存できたワインだと聞いています。

 本当に永遠に保存できるようなお酒が造れるのですか?!」


「ああ、造れる、俺が保証する!

 ただ、その酒を造るには大掛かりな道具が必要になる。

 鉄の道具はヴァルタルが造ってくれるだろう?」


「ああ、まかせろ」


「ただ鉄だけでは無理だ、他の材料で道具を造れる職人も必要になる。

 何より、酒造りを専門にやってくれる職人が必要になる」


「酒造りだと、これまで通りイチロウのギフトで酒を造るのではないのか?」


「ワインやエール、清酒を造る所までは俺がやる。

 だが、その後で酒精を濃くするのは他人に手伝ってもらう事になる。

 俺がそこまでやると、ワインを造る時間が少なくなる」


「ワインなら他の奴に造らせられるのではないか?」


「俺以外の奴が造ったワインが飲みたいか?」


「飲みたくない!」


「俺が造った酒の酒精を、他の奴が強くした酒。

 俺以外の奴が造った酒を、俺が酒精を強くした酒。

 どちらの酒の方が美味しいと思う?」


「分かった、口の堅いエンシェントドワーフを集める」

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