第17話:蒸留酒の完成
転生1年目の夏
夏は酒造りに適した季節ではないのだが、俺のギフトなら関係なしだ。
集められるだけ集めた果物と穀物を全部使って、毎日新酒を造っている。
ただ、巨樹の根から作った酒樽に入れたままだと樹の成分が入ってしまう。
そこで、人間の国で買い集めたカメに入れて保存している。
集まってくれた妖精とエンシェントドワーフの数だけ新酒が飲まれる。
だが造る新酒の方がはるかに多いので、カメの数が足らないくらいだ。
世界中のカメ焼き職人が大忙しで作っている。
その費用は結構な金額になっているが、それ以上に入って来る金が多い。
大魔境産のアサとメンがとんでもない金額で買われるからだ。
全ての人間の国にいる大貴族と大商人が、見栄を張るために大金を積んで買う。
その金のごく一部を使うだけで、世界中のカメを買い集められる。
普通だと少し遠いだけでも大きくて重くて運べないのだが、妖精にかかれば大きさも重さも距離も関係なくなる。
俺が普通の人間の寿命しかないのを自覚した、エンシェントドワーフのヴァルタルと妖精たちは、これまで以上に酒造りをがんばった。
ヴァルタルは、6人のエンシェントドワーフを呼び集めて蒸留器を完成させた。
とはいえ、普通は俺の知識だけで大企業の蒸留所を再現できるわけがない。
俺ができたのは、家庭用蒸留器の形と役割を口で伝えるだけだ。
小説を書く時に調べた単式蒸留器や連続式蒸留機、昔見学させてもらった大山崎工場の連続式蒸留機の話ができるだけだ。
それなのに、ヴァルタルを含めた7人のエンシェントドワーフは、簡単に大型単式蒸留器を再現してくれた。
「美味い、こんな美味くなるのか?!」
「うぉ、凄い、とんでもなく酒精が強くなっている!」
「本当だ、強烈な酒精で舌がしびれるぞ!」
「喉もだ、喉も焼かれるくらい酒精が強い!」
「だが美味い、とんでもなく美味い!」
「ああ、美味い、元になっているブドウワインの美味しさが残っている」
「……イチロウの言葉に嘘はないのだな……」
試作の小さな単式蒸留器で造った、ワインが元になった蒸留酒は、アルコール度数が40度程度になっている。
それでも永遠に生きられるエンシェントドワーフたちを驚かせられた。
これが70度や80度の酒になったらどれだけ驚くか。
ただ、エンシェントドワーフたちの話を聞いていると、アルコール度数が高ければ好いと言う訳ではないようだ。
どれほどアルコール度数が高くても、まずい酒は認めないようだ。
これくらいこだわりがあるなら、酒造りを全て任せられる。
「ヴァルタル、これを蒸留酒と言う。
蒸留酒の研究と製造はエンシェントドワーフたちに任せる。
酒精をどれだけ強くするのか、風味付けをどうするのか、研究してくれ。
元になる酒はできる限り多くの種類を用意する」
「そうか、任せてくれるか、ありがたい。
これほど面白い事は初めてだ!
エンシェントドワーフは、これと思った事に集中する性格なのだ。
酒造りがこれほど面白いと分かったら、道具作りも面白くなる」
そう言ってからのヴァルタルは、蒸留器を造っているか酒を飲んでいるかのどちらかだった。
もうこれまで造っていた武具を造る事は無くなった。
一心不乱に酒造りに必要な道具を作っている。
鉄製が主だが、必要なら金銀銅製もステンレス製も作っている。
俺も彼らのがんばりに応えて、醸造酒造りをがんばった。
これまで作っていた各種ワインに加えて、新しい酒も造った。
その多くが巨樹に負担をかけない穀物酒だった。
粟を原料にした濁酒とトノト
黍を原料にした濁酒とトノト
稗を原料にした濁酒とアイヌの神酒、カムイ・トノト
トウモロコシを原料としたチチャ
ライ麦を原料にしたクワス
小麦を原料にしたビールとボザ
大麦を原料にしたビールとバーレーワイン
米を原料にした濁酒、清酒、サト、紹興酒、マッコリ
リュウゼツランを原料にしたプルケ
ヤシの樹液を原料にしたヤシ酒
その全てのお酒の9割が蒸留酒の原料にされた。
残る1割は俺たちの生活を豊かにしてくれた。
造る醸造酒の量が飲む量をはるかに上回っている。
それに、俺たちが飲む醸造酒だけが蒸留酒にされている訳ではない。
他にも、醸造酒として飲まれる事なく直接蒸留酒にされる物もある。
サツマイモ、ジャガイモ、ソバ、モロコシ、酒粕などを原料にした醸造酒だ。
それから造られる代表的な蒸留酒がイモ焼酎やソバ焼酎、粕取焼酎だ。
モロコシは中国発祥の白酒になる。
「ヴァルタル、ブドウのワインから蒸留した酒を、樹の樽に入れて5年ほど熟成させた酒をブランデーと呼ぶ、造ってみてくれ」
「分かった、イチロウがわざわざ言うのだ、とんでもなく美味しいのだろう?」
「いや、単なる思い出、感傷だ。
来訪神様に大魔境に連れて来てもらう前は、全く酒が飲めなかった。
その時に飲めなかった酒を、ここで再現してもらって飲みたいだけだ」
「酒が飲めなかっただと?!
そんな不幸な事はない、分かった、何が何でも再現してやる。
他に再現して欲しい酒は無いか?」
「そう言ってくれるのなら、コニャック、アルマニャック、モルト・ウイスキー、バーボン・ウイスキーを再現してもらいたい」
「分かった、できるだけくわしく教えてくれ」
俺は転生前に調べて覚えていた造り方をヴァルタルに伝えた。
小説を書くためにできるだけ詳しく正確に覚えていたから伝えられた。
酒が飲めないから、人生の半分は損していると友達にからかわれていた。
それを取り返せる機会が訪れるとは思ってもいなかった。
妖精たちとヴァルタルが酒の気配に釣られて来てくれたのは幸運だった。
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