第10話:塩の樹

「大地よ、巨木が必要とする豊かな地となれ!」


 サ・リ、聖女ジャンヌ、幼い金猿獣人族と出会って5日経った。

 初日は互いに警戒していたが、あるていど仲良くなれた。

 少なくとも俺にあまり警戒していない。


 転生する前は72歳だった。

 幼い金猿獣人族だけでなく、サ・リと聖女ジャンヌも孫と変わらない。

 と言っても、俺には妻も子供も孫もいなかった、だが、父性愛は普通にある。


 孫のような子供たちに美味しい物を食べさせてあげたい。

 そう思うから、家の周囲の土地には毎日養分をあたえている。

 そうしておけば、いつでも巨木たちに果物を実らせる。


 木々に実る果物だけではない。

 木々の間にある土地でイモや野菜、イチゴを作れる。

 毎日10種類以上の果物と野菜とイモが食べられる。


 俺は整理整頓が苦手だ。

 転生前は毎日洗濯していたが、それは洗濯機があったからだ。

 洗濯した衣類を整理するのは苦手だった。


 それは、サ・リもジャンヌも同じだった。

 俺たち3人だけだったら、ドーナツの家はゴミ屋敷になっていた。

 そこまではいかなくても、もの凄く散らかった家になっていた。


 幸いな事に、安心して家事を任せられるモノが来てくれた。

 お酒と果物と引きかえに、シルキーやブラウニーと呼ばれる妖精が、掃除洗濯に料理や裁縫までしてくれる。


「メンとアサを作るから刈り取ってくれ」


「「「「「はい」」」」」


 何人いるか分からない妖精たちが返事をしてくれる。

 一斉にメンとアサを刈り取り収穫してくれる。


 家事が得意な妖精にはプライドがあるようで、家事をしない妖精を嫌う。

 初日に出会ったレプラコーンをここに近づけさせない。


 お陰で安心して家事を任せられる。

 酒造りも手伝ってくれるから、どれだけお酒を飲んでくれてもかまわない。


 だけど、酔っぱらって家事ができなくなるまで飲む妖精はいない。

 家事に高いプライドを持っているのが分かる。


 家事妖精が働くのは家の中だけではない。

 大好きなお酒のためなら家の外でも働く。

 モモやリンゴ、ブドウやキウイといった酒の原料をよろこんで収穫する。


「イノシシを獲ってきたわよ!」


 戦神聖女のジャンヌが、巨大なイノシシを両肩にかついで帰ってきた。

 俺がイメージする聖女とはかけ離れた姿だ。

 戦神聖女は普通の聖女とは違うのかもしれない。


 金猿獣人族のサ・リと幼い子たちは果物やサツマイモが大好きだ。

 だが、聖女ジャンヌは俺と一緒で肉が大好きだった。

 5日経って幼子たちが安全だと分かったら狩りに行った。


 ジャンヌはまだ少女に見える小柄な身体だ。

 体重も40キロ程度しかないと思う。

 それなのに、ひと目で300キロ超と分かるイノシシを平気でかついでいる!


「イモを食べている時のように蒸し焼きにしましょう。

 塩があれば良いのですが、なくても美味しく食べられます」


 ジャンヌが良い笑顔を浮かべている。

 金猿獣人族と逃げ出してから、1度も肉を食べていないのかもしれない。

 だとしたら、心から美味しいと思える肉を食べさせてあげたい。


「塩を作るからちょっとまってくれ」


「え、塩を作れるのですか?!」


 そうだ、俺のギフトは塩も作る事ができる、はずだ。

 ヌルデと呼ばれる木が、代用塩になる結晶を果実の表面につける。

 大木の1つにヌルデを実らせて代用塩を手に入れる。


 それと、普通の雑草だと取れる塩は少ないが、ツリフネソウには多くの塩化ナトリウムがあるので、灰塩を作るのに適している。


 これまで1度も利用した事のない大木のある所まで行った。

 実は俺、果物やクリを実らせてくれる巨木に名前を付けている。

 他の大木とは区別したかったから。


 1番大切な家でもあるモモの樹には太郎樹と名付けた。

 リンゴの樹の名前は次郎樹。

 クリの樹の名前は三郎樹。

 クルミの樹の名前は四郎樹。

 ブドウの樹の名前は五郎樹。

 キウイの樹の名前は六郎樹。

 カキの樹の名前は七郎樹。

 アーモンドの樹の名前は八郎樹。

 ナシの樹の名前は九郎樹。

 マカダミアナッツの樹の名前は十郎樹。


 ここで名前に困ってしまった。

 十一郎とか十二郎とは名付ける気にならなかった。


 そこで少し考えて左衛門樹とか右衛門樹とかにしようと思ったが、止めた。

 どんな名前にしても直ぐに足らなくなると思ったから。

 素直に実るモノの名前で呼ぶ事にした。


 だから代用塩がとれる果実が実る巨木は塩樹。

 俺は塩樹にすると決めた巨木に命じた。


「塩の結晶が吹き出す果実を実らせろ。

 ウルデは代用の塩だが、できれば本当の塩の結晶を吹く果実を実らせろ!」


 見ている間に果実が実る。

 その周りに白く輝く結晶が浮かびあがる。


「「「「うわああああああ!」」」」


 俺について来ていた金猿獣人族の幼子が声を上げる。

 競うように樹に登り、塩の実を集めてくれる。


 幼子たちも塩味の利いたイノシシ肉が食べたかったのだろうか?

 果物やイモの方が好きだと思っていたが、勘違いか?


「イチロウ、これを取ったらモモワイン飲んでもいい?」

「私もモモワイン飲みたい」

「私はキウイワインが飲みたい」

「カキ、カキのワインを飲ませて」


 幼子たちが一斉に言い立てる。

 

「俺には許可できないから、聖女ジャンヌに聞きな。

 ジャンヌが飲んでも良いと言ったら俺も許す」


「「「「やったー!」」」」


「よろこぶのは良いが、先に塩の実を取れよ。

 聖女ジャンヌは欲しがっていたから、持って行ったらよろこばれるぞ」


「「「「はい」」」」

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